みちのく潮風トレイル(全長700km)踏破記録 その10~南三陸町から石巻まで

2016日11月3日(28日目)

行程

南三陸町から神割崎過ぎまで

歩行距離 27.4km 
行動時間 9時間40分(休憩時間を含む)
ねぐら  十三浜古城跡付近

04:30 起床 くもり 10℃

夕方くらいから夜の9時くらいまで賑やかだった。
仮設住宅に住んでいる人が公園内をウロウロしているらしかった。
そんな賑やかな公園だったが、遊歩道の奥までは誰もやって来ず、落ち着いて休むことができた。

夜中に何度か雨がパラパラ降り、テントが若干濡れた程度だった。

06:15 出発 

30分の寝坊を取り戻すためにテキパキと準備して、いつもの15分遅れの出発となった。
テントを撤収すると、よくもまあこんな狭いところにテントを張ったなあと思えてきた。
こういう細長いところにテントを張るとき、出入り口が長辺方向にあると出入りしにくい。

平成の森の中にある仮設住宅。
早朝のため出歩いている人はなし。

国道45号線に復帰して海沿いに歩いていると、宇多津駅付近の橋が落ちていて工事中で迂回を迫られた。

国道を歩く。
今日は歩道なしの区間も歩かねばならず、通行車両に注意して歩いた。

仙台まで99.9km

始めは400km以上もあった仙台までの距離表示。それがようやく100kmを切った。

JRの線路。
橋の下の鉄製の通路がボロボロになっている。

08:45 南三陸町市街地

南三陸町市街地手前までの国道45号線は高台を通っていたため、津波の被害はほとんど見当たらなかった。
しかし、市街地に入って海岸近くになると、津波の惨状が目立つようになってきた。

コンビニでイワタニのカセットボンベを購入した。
カセットボンベを1本単位で売っているのは、100均とコンビニしかない。
少しでも荷物を減らすため、割高なコンビニで購入した。
お金よりも歩行の快適さを選んだ。

道路脇の広大な空き地はショッピングセンター建設予定地。

海岸近くの低地を歩いている時に見つけた工事現場の中の千羽鶴。

木で作ったお地蔵さんのようなものが置かれていた。
ここでも津波で多くの人が亡くなったようだ。

海岸近くのホテルのような建物。
津波の被害を受けたようで中はボロボロ。

水尻川の仮設橋を渡る。
隣では新しい橋の建設が行われていた。

10:40 南三陸ホテル観洋

見晴らしの良い高台にあるホテル。
見たところ、全く津波の被害を受けていないようだった。

景色を眺めながら海岸線の道をゆく。
歩道があって凄く快適。

海の向こうの神割崎(かみわりさき)方面を望む。
本日のねぐらは神割崎付近の予定。

11:15 国道398号線分岐

石巻へは真っ直ぐ国道45号線を歩いた方が近いが、海岸線の道を道を歩きたかったので、国道398号線を選択した。
ある程度ゴールの見通しが立ったところで、余裕が出てきたこともある。

真っ直ぐな道路。
真新しい道路で歩道も広々だった。

折立漁港周辺を見下ろす。
広大な空き地が広がっているのみだった。

12:00 戸倉小学校付近、新興住宅街の中の公園

直線道路を歩いている時にお腹が空いてヘロヘロになった。
ちょうどその時、高台にある新興住宅街の中に公園を見つけた。
東屋があって休憩できそうだったので、寄ってゆくことにした。

公園内のトイレ

真四角の変わった雰囲気のトイレ。

東屋でザックを下ろしラーメンを作る。
風が強くて荷物が飛ばされそうになったりして、全然落ち着いて休むことはできなかった。

ガスストーブの周りに荷物を置いて風よけにする。
風が巻いていてあちこちから吹いて来るので、全然気を抜けない。
何とかラーメンを作って食べることができた。

風に吹かれながら歩く。
ラーメンを食べたばかりだが、全然パワーが湧いて来ない。
玄米を食べたくて仕方がなかった。

13:25 南三陸町自然環境活用センター

完成前の施設。軒下が広くて野宿に良さそう。
海側の防潮堤が防風壁となってくれる。
オープンが待ち遠しい。

津の宮漁港を見下ろす。
仮設の施設があちこちに見える。
この時、すでに体力の限界となっていた。
休んでも歩くとすぐに辛くなってくる。

とうとう我慢できなくなって、ザックを下ろして本格的に休む。

15:00 神割崎オートキャンプ場

写真は駐車場の公衆トイレ。
入口からキャンプ場を見ると施設の整った立派なキャンプ場だった。
しかし、野宿者にとっては立派過ぎる。しかも開放的過ぎて落ち着かない。
トイレで水だけ満タンにして先に進む。

15:00 神割崎入口

公園内の道路を歩いて神割崎の入口駐車場までやって来た。
この周囲は開けた広場となっていて、トイレ、芝生の広場、東屋がある。
キャンプ場があまりに近いので野宿がやりづらい。

駐車場のトイレ

水洗で綺麗に掃除されていた。
トイレ裏手の小高いところに展望台のような施設があった。

入口入って直ぐの東屋

テーブルと椅子が設置してあるので、テントは設営不可。
前を観光客が通って落ち着かない場所。

神割崎(かみわりざき)からの景色

神割崎の伝説

口伝えによると、宝暦年間(1751~1763)の昔、横沼の浜辺に大きい鯨が弱り果ててよってきたそうだ。浜人達は天のお授けとばかり、大いに喜び鯨を分けようとしたが、場所は十三浜村小瀧(現石巻市北上町十三浜)と戸倉村寺浜(現南三陸町戸倉)の浜辺、常日頃仲良く暮らしていた両地区だが、欲のために義理人情も忘れ、互いに「この場所は自分たちの村内」と言い張り、一歩も譲らず、鯨を目の前にして3日3晩も争ったそうだ。ついに奉行に訴えたが、さすがに時の奉行(登米奉行)も、にわかのことで裁きかねてしまった。すると不思議や、三日目の夜、ものすごい雷雨と同時に横沼の浜方面に落雷があった。翌朝、浜の人たちが横沼の浜に行ってみると、不思議や一夜にして横沼の岩が一文字に裂け、磯の境界を示す型となったそうだ。
両浜の浜人たちはその神秘に驚き、「是れ正しく神業」と信じ、争いを止め、鯨も両浜で仲良く分け合い、その割れ目を両村の境界と決めたそうだ。

北上町史より

これまで凄い景色を見慣れていた私は拍子抜けしてしまった。
何の感動もなかった。
写真だけとってすぐさま戻った。

15:50 テント設営

駐車場からは真っ直ぐ行って公園内を通り抜け国道398号線に復帰し国道を南下する。
ちょうど民宿の手前に山の方に延びる林道があった。
入口の標識には、「十三浜古城跡」と表示されていた。
すでに夕暮れが迫っていたので、意を決して林道を登って行った。
すると途中で藪に包まれてしまったので、引き返してきた。
すると脇道を見つけたので行ってみると、林道終点の広場のようなものがあった。
若干の傾斜があるが、静かで雰囲気の良いところだ。
すぐにテントを張って中に転がり込んだ。

食事

夕食のカレーうどん
生麺にレトルトカレーを入れただけのもの。

朝 白麦ごはん、みそ汁
昼 食パン×5枚、クッキー×1個、袋ラーメン
夕 カレーうどん

2016日11月4日(29日目)

行程

神割崎過ぎから雄勝町分浜まで

歩行距離 27.1km 
行動時間 9時間50分(休憩時間を含む)
ねぐら  国道398号線の旧道

04:00 起床 くもり

夜中何度かパラパラと雨が降った。
日中強かった風は夜になると次第に弱まった。
テントサイトは若干の傾斜があったが、周囲に人気がないので、よく眠ることができた。

06:00 出発

林道から下りて国道398号線に復帰する。
早朝のため、全く人気はなし。

国道を淡々と歩く。
歩くことがすでに日常の行為となり、歩くことに違和感を全く感じない。
起きると食事をして歩きだすの繰り返しを半ば無意識に行えるようになった。

釣石神社付近の海岸沿いの国道を歩く。
落ちそうで落ちない岩のある神社として有名な釣石神社。
受験生に人気があるそうだ。
ついうっかりしていて、気づかずに通り過ぎてしまった。

国道脇の荷物置き場。
海岸端から高い台まで引っ越ししてきたようす。
ここで軽トラに乗って出掛ける漁師さんに会った。

建設中の橋

完成後橋の下が良い野宿スポットになるかもしれない。
国道398号線は、比較的交通量が少なく静か。
多くは国道45号線の方に流れて行ってしまう。

小さな漁港前を通っていると朝日が登ってきた。

真っ直ぐな道。
あまり先を見ずに一歩一歩歩くことだけを考える。
歩いていれば、そのうちゴールの相馬市にたどり着く。

07:50 白浜海水浴場手前の名も無きパーキング

今日は天気も良いこともあって、快調なペースで歩く。
道路脇に駐車場があったので、調査を兼ねて寄ってみた。
ここはトイレ、水場なしの単なる駐車場だった。
テントを張れるフラットな草地もあったが、車の出入りがあるので別の場所で野宿した方がいいだろう。

歩道があって歩きやすかった国道は、北上川に近づくと歩道がなくなってしまった。

北上川河口周辺

川幅が非常に広い大河の流れ。
あちこちで護岸工事が行われていた。

川沿いの水門建設現場。

遮るものがない開けた場所を歩く。風が強くて日差しがある割には寒い。
この周辺は全く何もない。
民家高台の方に移転してしまっている。
工事のダンプカーのみ頻繁に通っている。

道路脇の工事現場の中で休憩する。
休憩する場所が見たらなかったので、安全な場所に避難した。
こうして道路と距離をとるだけで、かなり静かになり落ち着いて休める。

建設中の道路の上を歩く。
国道の方は危なっかしくて歩いていられない。
地盤沈下のため、横に嵩上げした道路を建設しているようす。

温室が立ち並ぶ。
堤防のすぐ近くにある広大な農業地帯だった。

北上川の堤防道路を延々と歩く。
行き交うダンプが多くて、急激に心身が消耗してゆく。

ようやく長い堤防歩きから開放される。
北上川に架かる橋が近づいてきた。

10:00 新北上大橋

北上川の一番下流にある大きな橋。
風が吹き抜けて非常に寒くて、立ち止まってゆっくり休んでいられない。

橋から北上川を眺める。
枯れた葦がいいアクセントになっている。

橋を渡ったところにあった建物。
津波の被害でボロボロになってしまっている。
やけにダンプカーの出入りが多い場所だった。

コイン洗車場に工事現場の仮設事務所が建てられていた。
津波で浸かって使用不能となったようす。

道路脇の歩道には土砂が堆積して雑草が生い茂っている。
ダンプカーの交通が多くて危険なので、車道には出ずに歩道を歩いた。

11:05 釜谷トンネル

北上川からくねくねしたカーブの連続する山道を登ってトンネルまでやって来た。
峠付近は歩道がなかったが、トンネルには歩道があってホッとした。

長いトンネル歩きも歩道のお陰で快適。
ダンプカーの爆音が響く中を歩いた。

トンネルを抜けて雄勝町(おがつちょう)まで下りて来たところ。
津波の被害で何もない。
ここのどこかで水・食料を補給しようと思っていたので、落胆が大きかった。

すでに正午ころとなっていて今日中に女川町(おながわちょう)市街地まで行くのは夜を徹して歩かない限り無理だった。
雄勝町から女川町の間に補給ポイントは地図を見てもどこにも見当たらない。
今日雄勝町までの間も何もなかった。

情報収集を兼ねて工事現場の事務所にお邪魔して、外の水道で水を汲ませて貰った。
ついでに弁当屋の情報をゲットした。
工事現場の人が地元の人ではなく通いで、家から弁当を持って来ている人ばかりのようで、周辺の商店のことをあまり知らないようすだった。
(とは言え、よそ者の私と比べれば、色々知っている。)

雄勝町の仮設商店街に向かって歩いているところ。
この時点では、立派な商店があるとは知らなかった。

12:15 無料休憩所もみじハウス

工事現場の建物の中にあった休憩所。
前を通って初めて気が付いた。
この中にザックを置いて手ぶらで商店街まで行くことにした。

旧雄勝総合支所前バス待合所

旧庁舎はどこにも見当たらない。
待合所は木造の立派な作りだった。

雄勝町仮設商店街

場所 国道398号線と県道238号線の交差点を白銀崎方面に約300m

トイレ、水場あり。食料品のお店、定食屋などあり。

ここは南三陸町から女川町までの間の貴重な補給ポイント。
私が確認したところでは、ルート上にはここしかなかった。

商店街のようす

飲食店や食料品などのお店が立ち並ぶ。

2階建ての店舗

雄勝町は硯で有名らしい。たくさんの硯を展示、販売していた。

商店街の中にあった八百屋さん

トレーラーハウスで営業していた。

トレーラーはジャッキでしっかり固定してあった。

駐車場に停まっていた移動式の銀行。
ATMと有人の窓口あり。

後ろが窓口の入口となっている。
サイドが広がって、居住性をアップさせることができるようになっている。
中の人に話を伺うと、あちこちの集落を定期的に巡回しているということだった。

お腹が空いたので、定食屋でご飯を食べることにした。
今回の歩き旅で外食したのはこの1回のみ。

鯖の焼き魚定食。
脂の乗った鯖で非常に旨かった。
疲れていた体が、栄養をとって蘇った。

無料休憩所もみじハウス

場所  宮城県石巻市雄勝町上雄勝2丁目(仮設商店街近く)

仮設トイレあり、水場なし。
昼間のみの開放、ここで宿泊はできない。

建物外観

入口の横に自販機あり。
無料休憩所と書かれたのぼり旗が目印。
ぼーっとしていると見過ごしてしまいそう。
食事をして買い物をしたあと戻ってきた。

仮設トイレあり。ただし水は出ない。

休憩所内のようす

壁には被災地を支援する人たちの熱いメッセージが貼られていた。
椅子に座ってゆっくり休んだ。
ふと見るとテーブルにノートが置いてあったので、色々書いておいた。

国旗に書かれた寄せ書き

コンセントが使用可能だったので、商店街に行く前に充電していった。

歩行しながらソーラーパネルで充電することはほとんどできない。
それで休憩する時に日向にパネルを設置し少しでも充電していた。
しかし、それではスマホの電気の使用量は追いつかずにモバイルバッテリーの残量は減る一方だった。
ここで充電させてもらったお陰でブログ更新に随分助かった。
どうもありがとうございます!

快適な休憩所を出ると、雄勝町の町を離れて海岸線の道をゆく。
地盤沈下しているのか、防潮堤はかなり低かった。

水浜の集落

海岸付近は広大な更地となっていて、物置が建っているのみだった。

午後3時を過ぎて、良い野宿場所はないかと探しながら橋の上を歩いているところ。
集落を過ぎたところで、付近に民家はなし。

橋の上から海岸を見下ろす。
良さそうな石浜があったが、あそこまで下りてゆくのは大変そうだった。

15:50 テント設営

橋を渡ってしばらくゆくと、国道398号線の隣に荒れ果てた旧道が見えた。
そこは車が入って来れないようにバリケードが設置してあって、道路からは目立ちにくい場所だった。
ちょうど良い時間だったので、ここで野宿することに決めた。

国道から少し距離がある。
しばらくするとキノコを探しにお爺さんがやって来た。
わざわざこんな奥のところに入って来るので、始めはなんだろうと不審に思った。
話してみるとキノコ採りの人と分かってホッと一安心。

トレイル未開通区間となって、舗装路歩きをするようになってからソールの薄さをハッキリ実感するようになった。
気仙沼で厚手の靴下を手に入れたお陰でまだマシだと思われたが、それでもアスファルトの硬さが伝わってきてかなり堪える。
靴の選択は完全にミスだった。

食事

朝 白麦ごはん、みそ汁
昼 食パン×2枚、魚肉ソーセージ×2本、クッキー1個、バームクーヘン1個、焼き魚定食
夕 うどん×1袋、お菓子×1袋

2016日11月5日(30日目)

行程

雄勝町分浜から石巻市街地まで

歩行距離 28.3km 
行動時間 10時間30分(休憩時間を含む)
ねぐら  石巻市牧山への林道脇

04:00 起床 くもり テント内12℃

夜は国道の交通量はほとんどなし。鹿の気配が濃厚で、警戒音が度々聞こえてきた。
アスファルトの上で寝たので、かなり冷えて夜中何度も目が覚めた。
朝起床前にパラパラとしばらく雨が降った。

06:00 出発

国道脇の野宿場所を後にする。
久しぶりに傾斜のないところで快適だったが、アスファルトに熱を奪われて寒かった。
ペラペラの銀マットの限界を感じた。

旧道の入口のようす

車が入れないようになっているので、安心して野宿することができる。
国道脇の隠れた良野宿スポットだった。

女川町に入ると歩道はなくなり、道路脇の側溝の蓋がない。
側溝に向かって斜めになっているので、非常に歩きにくかった。

御前浜海水浴場付近

海辺の国道を歩く。

山の斜面に整備された津波避難通路

御前湾に日が昇る。
国道脇の静かな漁港。

高台から海岸線を眺める。
散々苦しめられたリアス式海岸とも今日でお別れだ。

道路脇に山積みとなっていたホタテの貝殻。
山の中なのに磯の匂いがしてきたので、不審に思っていたところだった。
これを見て納得した。

08:05 女川第三小学校

高台の学校の校庭には、仮設住宅がたくさん建てられていた。
まだ早い時間のためか、外に出ている人は見当たらなかった。

竹浦付近の高台から牡鹿半島(おしかはんとう)を望む。

女川原発と思われる施設を最大望遠で捉えた。

景色が見えない道路を黙々と歩く。
これが地味に堪えた。

09:00 崎山展望公園

地割れのため立入禁止。柵で囲まれていた。
高台の公園で期待していただけに、使用できずにガッカリした。

向かいの林道出入り口の片隅に座って休憩。
昨日、仮設商店街のお店で購入したハンバーガーを食べる。
むしゃむしゃもぐもぐ。手作りのおいしいパンだった。

女川港

公園からは下り坂を町に向かって下ってゆく。
町に近づくにつれて車の交通量が増えてきた。
樹木の切れ間から女川港が見えてきた。あちこちで工事をしていてかなり賑やか。

麓まで下りたところ。
前方に女川の魚市場の大きい建物が見える。

海岸付近の直線部分。
ダンプカーの往来が激しいので、路面に土が落ちていて白っぽくなっていた。
そのため、道路掃除の車がブラシで擦っている。

女川漁港

交通量の多い国道398号線を逸れて漁港に寄り道した。
港内は風が弱く穏やかな海面となっている。
魚市場前の岸壁では漁船から漁獲物が下ろされていた。

10:00 海の駅 シーパル女川

通りがかった商業施設に寄ってみた。
震災後に整備されたショッピングセンターのようなところだった。
数軒店を覗いてみたが、私が欲しい安くてお腹が膨れる食べ物はどこにもなかった。

完全に観光客向けの施設。
野宿者には用事がない場所だった。
観光客の出入りが多くて全然落ち着かない。
すぐ近所のコンビニに避難した。

ファミリーマートのイートインコーナー。
外にザックを置いて、スマホとモバイルバッテリーを充電しながら購入したパンを食べた。
飲み物はなし。
コンビニには、冷たいか温かい飲み物しか置いていない。
冷たいものは体が冷えるし、温かいものはコーヒーやお茶しかない。
常温の炭酸水(無香料)が欲しかった。

スマホとモバイルバッテリーを同時に充電するには、USB2ポートの急速充電器が便利。
以前、購入した機器が今回役立ってくれた。

女川市街地を抜けると万石浦(まんごくうら)が見えてきた。
しばらくは万石浦沿いに歩いて石巻の町を目指す。

女川市街地からは交通量が急に増えて、国道歩きが辛くなってきた。
騒音まみれの国道を離れて万石浦の海岸に出た。
防潮堤を抜けると一気に静かになる。

万石浦をじっと眺める。
歩道のない殺伐とした国道歩きで疲れた心身を休める。

万石浦(まんごくうら)

牡鹿半島の付け根付近、石巻市及び牡鹿郡女川町にまたがっており、南側が海につながっている。名前は仙台藩の第二代藩主伊達忠宗が「ここを干拓すれば一万石の米が取れるだろう」と言ったことに由来するとされる。江戸時代には塩田があり、1960年頃まで製塩が行なわれていた。
現在では潮干狩りの名所であるほか、海苔やカキの養殖が盛んである。
2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震による津波の影響は内海である万石浦でも養殖棚の多くが津波で流されたり、地盤沈下でカキ処理場が使用不能となるなど大きな被害を与えた。

Wikipediaより

万石浦周辺は地盤沈下の影響が大きい。
車道部分だけ嵩上げ工事をしたので、歩道とはかなりの段差ができてしまっている。
この歩道の切れ目のアップダウンが地味に疲れた。

地盤沈下により水はけが悪くなり水が溜まるようになった田畑。
ポンプが設置されているようだが、農作物が全然育っていない。

再び万石浦に出てしばしの休憩。
靴のソールが薄くて体力の消耗が激しい。
さらに足が浮腫むようになった。

ようやく石巻市街地に入ったところ。
目指すはイオンショッピングセンター。
お腹が空いて全然パワーが湧いて来ない。

13:10 石巻イオンスーパーセンター

コンビニで食べたパンくらいでは全然エネルギーが出ない。
空きっ腹でようやくショッピングセンターにたどり着いた。
重たいザックを下ろしてまずは一休み。

ここで食べ切れるだけの食料を買った。
サンマの刺身、メバチマグロの刺し身、ホタルイカの全部で3パック。
おまけに炭酸水も付けた。
ガッツイて冷たい刺し身を食べたため、お腹が急冷されて寒気がした。
温かいものを買っておけばよかったとあとになって思った。

イオンを出るとそのまま国道398号線を歩いた。
今日中に石巻市街地を抜けるのは厳しいので、どこが良いか考えながら歩いていた。

いろいろ悩んだ挙句、野宿は牧山あたりですることに決めた。
野宿場所に向かう前にスーパーのヨークベニマル湊鹿妻店に立ち寄って食料品を購入した。
かなり疲れていたので、買い物するにも難儀だった。
ここで水筒を満タンにして食料を大量に買い込んだため、ザックが一気に重くなった。
それから野宿場所にたどりつくまでが辛かった。

15:55 法山寺

住宅街の中の牧山登り口を見つけて、道路を登ってきたところ。
日没が迫り焦ってきた。
お寺の前に通りがかったので、ここで休みたかったが、犬にしつこく吠えられている最中だったので、早く先に進むしかなかった。

すでにダウン寸前だった。
観音様に励まされたような気がした。

16:30 テント設営

集落を抜けたあたりで道路脇に空きスペースを発見。
もう限界だったので、すぐにここでテントを張ることを決めた。
暗くなるまで時間がなかった。

道路のすぐ脇だったので、車に轢かれないようにバリケードを築いておいた。
不注意な車がツッコんで来ないとも限らない。
野宿で一番危険なのが人間だ。野生動物の方がまだ安全。

食事

朝 白麦ごはん、みそ汁
昼 パン×3袋、サンマ刺し身、メバチマグロの刺し身、ホタルイカ
夕 ラーメン

ようやく女川を越えてリアス式海岸から開放された。
舗装路歩きとなってからは、靴のソールの薄さの影響がハッキリと現れるようになった。
歩く度に足裏に衝撃が走って足が痛い。
靴下を厚手に換えたくらいでは、全然足の傷みがなくならない。
足裏の皮は分厚くなってマメができないようになったが、歩く度に大きな衝撃が加わるので浮腫んできてしまった。
足を冷やすことができればいいが、足を洗えるような水場はなかなか見当たらない。
歩き旅終盤は、そんな足の傷みを堪えての歩行となっていった。

つづく

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