みちのく潮風トレイル(全長700km)踏破記録 その4~弁天崎から宮古市まで

2016日10月16日(10日目)

行程

弁天崎から熊の鼻まで   

歩行距離 25.8km 
行動時間 10時間30分(休憩時間を含む)
ねぐら  熊の鼻展望所

04:00 起床 晴れ テント内13℃

昨夜は天気も穏やかで誰も来なかったので、非常に快適だった。
見晴らしも良くて最高のサイトだった。

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05:55 出発

夜露が下りなかったので、テントが濡れずに助かった。
昨日の北山崎周辺は久しぶりに歩いていてワクワクした。
蓄積されている疲れが吹き飛んだ気がする。

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日の出とともに出発する。
今日も1日天気が良さそうだ。

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断崖の上に立つ弁天崎灯台。
こうして見ると、よくあんな崖っぷちのところで泊まったなあと思った。
おっさんの人生は常に崖っぷち。

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弁天崎の突端に向かう。
しかし、途中で踏み跡が消えて藪に包まれてしまった。
どうしても行きたいわけではないので、引き返して先に進むことにした。

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06:20 漁協施設(監視場とレストランの複合施設)

遊歩道をゆくと突如前方に現れた建物。
2階の屋根の上にサーチライトが設置されている。

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漁場監視場と隣接している建物。

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入口に北三陸食材研究所という看板が設置されていた。
漁協が運営するレストランのよう。
カエルが可愛くてつい写真をとってしまった。

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レストランから県道44号線を歩いて明戸キャンプ場に向かう。
調査と水くみを兼ねて寄ってゆくことにした。

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弁天橋から海岸線がよく見える。
白い建物はホテル羅賀荘(らがそう)。

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工事中の明戸(あけと)海岸

防潮堤の上に道路が通っている。
以前、キャンプ場があった場所には何も見当たらない。

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巨大な防潮堤を間近で見る。

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07:00 田野畑(たのはた)村マレットゴルフ場

広大な芝生のマレットゴルフ場。
早朝のため人気はなし。

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管理棟

管理棟を覗いてみる。
すると入口に外水道を発見した。

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外水道で水を1Lほど水を汲ませてもらう。
泊まりもしないキャンプ場で水だけ汲むのは図々しいなあ、と思っていたところだったので、水道を見つけてちょうど良かった。

明戸(あけと)キャンプ場

所在地  岩手県下閉伊郡田野畑村明戸157-3
電話番号 0194-33-2816
開設期間 4月下旬から11月上旬
料金   フリーサイト料(1張 500円)、入場料 300円 

オートサイト8区画、フリーサイト テント100張
トイレ、炊事棟、ファイヤーサークルあり。
受付は、マレットゴルフ場の管理棟で行う。

リンク 田野畑村HP(明戸キャンプ場)

キャンプ場は津波で流されて消失、ポインタの位置に新たに建設された。

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キャンプ場は川を挟んだ向かい側に移動していた。
写真に写っているのは、左がトイレで右が炊事棟。
オートサイトとフリーサイトに分かれている。

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フリーサイト

遮るものが全くないフラットな広大なサイト。
悪天候時は止めたほうがいいだろう。
オート区画の方でキャンプをしている人たちがいた。

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津波で破壊された旧防潮堤。
震災関連の遺構として残されている。
重たいコンクリートの塊がボロボロになっている。

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明戸海岸を見下ろす。
新設の防潮堤は、旧防潮堤より内陸に建設されていて、ここからは見えない。
砂浜には重機のキャタピタの跡が残っている。

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平たい岩場。

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ホテル羅賀荘が見えてきた。
白い大きな建物でよく目立つ。

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平井賀(ひらいが)集落

津波の大きな被害を受けたようで、大部分がまだ工事中となっている。
山の斜面に住宅が残っているのみだった。

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08:40 三陸鉄道北リアス線 島越(しまのこし)駅

県道から少し内陸に入ったところにあった。
調査するついでに休憩するために寄ることにした。
震災後に建て替えられて真新しい駅舎だった。
駅舎の営業時間は07:30~17:00まで。

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駅のホーム。
どこもピカピカだった。

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駅のトイレは外側から入るようになっている。
トイレはもちろん水洗。
手洗い場で水を汲むことができる。
夜間は閉鎖されるかは不明。

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駅から見える山の斜面に公園あり。
遠目で見る限り、トイレはなし。
右端に写っている建物はグループホームのようだった。
駅周辺には民家はないので、気兼ねなく野宿できそうだった。

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防潮堤の上に線路が建設されている。
非常に重厚な造り。

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100円自販機があったので、つい買ってしまった。
たまの贅沢はいいだろう。
精神修行ではなく、楽しむために歩いているのだ。

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今回のトイルは、ウォーキングシューズで歩いている。
2年前、四国遍路の途中、松山市内で購入したもの。
随分と傷んできたなあと靴を眺めていた。

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ソールが剥がれていた。
早めに修理するか、靴を買い換えるかしよう。

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道路脇に積み重ねてあった漁具。

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09:15 観光船乗り場

建設中の魚市場を通り過ぎると真新しい建物があった。
観光船乗り場の建物だった。
周囲に観光客の姿は全くない。

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観光船

震災後に新造された船でピカピカだった。
客待ちをしていた乗組員2名がいたので、情報収集を行うことにした。
乗組員の人によると、鵜の巣(うのす)断崖への遊歩道は地盤沈下して、海水に浸かっているため通行不能、ということだった。

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気持ちの良い海岸道路をゆく。
防潮堤が低いままなので、景色を見ることができる。

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09:40 白池海岸

鵜の巣断崖遊歩道入口のある白池海岸までやってきた。
取り敢えずザックを置いて偵察にゆくことにした。

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防潮堤に残っていた遊歩道の標識。
半分位割れてしまっていて1.7kmという文字だけ読めた。

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しばらく波打ち際を歩いてゆくと行く手を海に阻まれた。
確かに地盤沈下をしているようだ。

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海岸に打ち上がっていた昆布。
まだ青々していることから、今は下げ潮のようだ。
このまま無理に進むと岩場に取り残されてしまう恐れがある。
それなので、引き返して県道を歩くことにした。

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地図を見ると、白池海岸から近道できる破線が表示されていた。
周囲をチェックすると踏み跡を発見、山道をゆくことにした。
海岸付近は踏み跡が薄かったが、上部にゆくにつれてハッキリとした踏み跡になった。

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ショートカットして随分時間短縮することができた。
県道に出てしばらくゆくと、地図にはない住宅地が現れた。
どの住宅も新しい。

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田野畑村島越 黎明台団地案内図

道路脇にあった看板。
津波で流された集落の人たちが高台に移転してきたようだ。

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面白いマンホールの蓋。
村章の前に鹿が歩いている。

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切牛集落から真木沢(まぎざわ)海岸への入口。
遊歩道のガイドマップを見ると、林道と遊歩道をつなぐ道が付いている。
県道を通って鵜の巣断崖をゆくと、かなりの遠回りとなる。
ここは何が何でも行くしかないと思いつつ先に進むことにした。

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アスファルトの道から未舗装の林道に変わり、さらに踏み跡になった。
地図の通りに道が付いているので、なんとか真木沢海岸までは出れるだろうと思っていた。
しかし、赤松の倒木をかわしたところで、踏み跡が消えた。
あちこちウロウロして道を探したが、どこにも見当たらない。
そこで、コンパスで方向を確認して下りてゆくことにした。

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ザックが重くて急斜面を下りるのが大変だった。
ソールがツルツルのウォーキングシューズでは、全くグリップしないので、ストックのキャップを外して石突を突き立ててゆっくりと下っていった。
何度も転びながら下ってゆくと、川に下りる直前で崖のような場所に出てしまった。
付近の斜面を見ても似たような崖だったので、草木を掴みながら慎重に下りていった。

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川に降り立つと、どっと疲れが出た。
かなり無茶をしたなと思いつつ、腰を下ろしてゆっくり休む。
海岸からは遊歩道があるので、鵜の巣断崖まで行くことができるだろう。

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川は伏流しているため、水気は全くなし。
そのお陰でこうして河原を歩くことができる。

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河原が歩きにくかったので、未舗装路を歩くことにした。
前方に海岸が見えてきた。

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11:35 真木沢(まぎざわ)海岸

海岸では釣り人が釣りをしていたので、波打ち際には近寄らずに、遊歩道を入口を探した。
海岸付近は津波で流されているので、踏み跡が薄くなっている。
地図と周囲を見比べて遊歩道を見つけた。

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真木沢海岸を見下ろす。
ここまで登ってくると踏み跡はハッキリしている。

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遊歩道だけあって、標識が設置されているなど、そこそこ整備されている。
急な上り坂をしばらく耐えると、傾斜がゆるくなってくる。
そうすると駐車場は近い。

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12:00 鵜の巣断崖入口駐車場

上までゆくとトイレの脇に出た。
ちょうど昼なので、休憩することにした。

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駐車場トイレ

立派な建物。トイレは水洗。
入口にベンチが設置されていた。
軒は深くて雨の日も快適。
ザックを下ろしてベンチで休憩する。

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トイレは水洗だが、洗浄水は地下タンクから汲み上げているようで、水が出るまで時間がかかった。
手洗い場の水もボタンを押してから10秒ほどして出た。
おそらく水道水ではないので、飲用するのは危険と思われる。

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広い駐車場はガラガラ。周辺の広場で野宿は可能だが、水が汲めないのが痛い。

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駐車場から奥は車乗り入れ不可。
展望台まで歩いて10分ほど。
フラットな松林の中を歩く。

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12:15 鵜の巣断崖展望台

トイレにザックを置いて空荷でやって来た。
全くのフラットな道で非常に歩きやすい。
断崖の際に展望台が整備されていた。
展望台周囲の樹木が茂って若干視界が遮られている。

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弁天崎方向を望む。
写真右奥の飛び出ている部分が、朝出発した弁天崎。
水蒸気により霞んで見える。

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弁天崎のアップ。
最大望遠でようやく灯台を捉えることができた。

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南の方向を写す。
残念ながら南の方には遊歩道はない。

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目が眩むほどの断崖。
あまり端に寄ると転落する恐れがある。

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鵜の巣断崖駐車場を出て、国道45号線に向かって歩いているところ。
ひたすらに真っ直ぐな道で精神的に堪えた。

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国道45号線に出ると、新たな国道45号線が開通していた。
旧道を走る車もほとんどが新道の方に行ってしまうので、旧道は非常に交通量が少なく歩きやすかった。
歩道は珍しく整備されていたが、歩く人がいないため草に埋もれてしまっていた。

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岩泉市街地へ向かって急カーブが連続する区間を下っているところ。
ごく稀に変わり者の車が通るだけだった。

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15:00 岩泉小本(いわいずみおもと)町役場小本支所

水を汲むため、駅にやって来たところ、大きな建物があったので、こちらの方にやって来た。
この大きな建物は、なんと町役場だった。
駅とは隣接していて、裏手から通路を通って駅に行くことができる。

取り敢えずザックを下ろして施設をチェックする。
やたらと人の出入りが多い建物だと思って眺めると、明らかに雰囲気が普通とは異なっている。
震災後に建てられた庁舎は、防災機能が強化されて避難所が整備されていて、その避難所に被災者が避難していた。
ボランティアや町役場の職員、被災者が頻繁に出入りしているので、全然落ち着いて休憩できない。そもそも暇な私が出入りするような場所ではない。
それでも水がないと野宿場所の選択肢が少なくなるので、事情を説明して水を汲ませて貰った。

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庁舎で水を汲むと直ぐに出発して、ルート上にあるスーパーとコンビニにやって来た。
まずはコンビニ横にザックを置いてからスーパーで食料の買い出しを済ませてから、コンビニに戻り、パンと牛乳を購入した。

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小腹が空いたので、早速コンビニの前で食べる。
空きっ腹だとなんでもご馳走に感じる。

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国道45号線に向かって田んぼの中の道を歩く。
建物は少なくて、あちこちで工事が行われている。

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歩道に堆積している泥。
津波で運ばれてきたものだろうか。
他が忙しくて、まだ歩道の整備まで手が回らないようだ。

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国道45号線の小本大橋付近から小本集落を望む。

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小本川に設置されていた漁具。
なんだか大きな魚が入っている。

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なんと鮭が入っていた。
東北の川にも鮭が遡上してくることを知ってかなり驚いた。

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小本川を渡ったところにある集落の元公民館。

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壁の中ほどに津波浸水の標識が設置されていた。

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ルートは神社の手前から右に折れる。
目立つところにトレイルの標識が設置してあった。
標識の補助としてピンクテープがところどころに付けられていた。

熊の鼻(くまのはな)展望所

場所 小本集落過ぎの高台。
トイレ、水場あり。
道路から一段上がったところにある広場。

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16:30 熊の鼻展望所

夕暮れ迫る中、疲れた体を引きずってようやく展望所までやって来た。
ルートマップを見てねぐらに良さそうだと思ったが、予報通りの良好な野宿場所だった。
見た瞬間に体の疲れが吹き飛んでしまった。
実は、この展望所手前の台地状のところが気になっていたが、寄り道するよりはとそのまま真っすぐやって来ていたのだ。

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展望所に隣接するトイレの建物は2F建てで、どちらもトイレの設備がある。

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展望所の広場の片隅でテントを張った。
砂利が敷かれているため、ペグ効きはあまり良くない。

前面道路からは見えないので、リラックスして過ごすことができた。
時おり地元の軽トラが通るが、みな素通りして行った。

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水場の蛇口をひねると水が出た。
ただ、スプリング式で片手で持っていないと直ぐに止まってしまう。
洗濯をする時、やりにくかった。
洗った衣類は手すりにかけて干しておいた。

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展望所からトイレの2Fと繋がっている通路。
これはトイレに行くのに楽で良かった。

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展望所からの眺め。
景色は良好。小本港沖合の防波堤が見える。

食事

朝 生ラーメン
昼 パン、牛乳ほかは不明
夕 袋ラーメン、コロッケ×1、ハムカツ×1、フライドチキン×1

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晩御飯の風景

袋ラーメンにスーパーで買った惣菜を食べる。
写真には写ってはいないが、フライドチキンも食べた。
お腹が空いていたので、真っ先に食べてしまった。

2016日10月17日(11日目)

行程

熊の鼻から真崎まで   

歩行距離 21.1km 
行動時間 10時間(休憩時間を含む)
ねぐら  真崎灯台登り口の広場

04:00 起床 くもり テント内18℃

夜は全く人気はなく、静かな夜を過ごすことができた。
手すりにかけていた洗濯物をテント内に取り込むのを忘れて寝てしまった。
起きてテント内の外に出た時に思い出した。
幸い夜露にも濡れずに、しかも程よい風が吹いていたお陰でほとんど乾いてしまった。

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06:15 出発

快適な一夜を提供してくれた熊の鼻展望所をあとにする。
雨が降る前にテントを撤収できてホッと胸を撫で下ろす。

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06:25 モシリュウ化石産地

茂師竜(モシリュウ)

わが国で初めて発見された白亜紀の巨大恐竜
岩手県下閉伊(しもへい)郡岩泉町茂師産

昭和53年夏、岩泉町茂師における宮古層群の化石を研究するために当地を訪れていた花井哲郎(東京大学教授)、加瀬友喜(国立科学博物館研究員)の両氏は、宮古層群の礫岩中に露出する脊椎動物化石を発見した。
横浜国立大学の長谷川善和教授の研究によって化石は恐竜の上腕骨であることがわかり、さらに中国四川省で発見されているマメンキサウルス(全長22m)にきわめて類似することが判明した。これによりわが国にも巨大恐竜がいた証拠が示された。この恐竜は発見地にちなみ長谷川善和教授によって「茂師竜」と命名された。
茂師竜は、マメンキサウルス、ブロントサウルス、デイプロドクス、ブラキオサウルスなどとともに竜脚類に属し、陸上を四足歩行する大型草食恐竜である。竜脚類は地球史上最大の陸生脊椎動物といわれる。茂師竜が発見された宮古層群は、約1億年前の暖海に生息していたアンモナイト、三角貝、六射サンゴなどの多くの海生動物化石を産することから、白亜紀後期の日本を代表する地層として知られている。海生動物化石が多産するなかで、恐竜が発見されたことはきわめて異例なことで、一般に恐竜は大陸の砂漠地帯から発見されることが多い。茂師竜の骨格は、当時の陸地から海へ運ばれ堆積したものと考えられる。

岩泉町 岩泉町教育委員会

 集落の手前の道路脇に斜面に看板が設置されていた。
恐竜の化石が発掘された場所だということだが、看板があるだけなので、全く面白くはない。
そのまま通過する。

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茂師(もし)海岸

集落に差し掛かったころ、雨が降り始めた。
天気予報を見て一時的な通り雨ではないと知っていたので、早々とポンチョを着る。
写真は国道45号線沿いの展望の良い駐車場から撮影した。

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しばらく国道45号線を歩いていたが、トンネル手前の遊歩道入口が分からずにかなり迷った。
地図と地形を見比べてようやく入口を発見した。
片側のみの歩道の反対側にあって、見落としてしまっていた。
歩道には何の目印もなくて余計に分かりづらかった。
始めは少し下の開けたところで入口を探していた。
写真で見るとおり、物置小屋の隣のトレイルの標識がなければ、気付かない場所だった。

2016-10-17-3

クマに齧られてボロボロになった標識。
クマはなぜか遊歩道の標識を親の仇のように執拗に噛み付いている。
人間が嫌いで仕方ないらしい。
妙に親近感を感じてしまう私であった。

2016-10-17-4

特徴のはっきりしない地形に付けられている遊歩道。
下の方からはひっきりなしに重機の音が聞こえてきて耳障りだった。

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クマに掘り返されたあと。
それほど民家は離れていない場所にも関わらず、クマの気配を感じる遊歩道だった。

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眼下に摂待(せったい)の集落が見えてきた。
刈り取られた田んぼが広がっていた。

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摂待集落側の入口

たくさんの石碑が置かれていて、その脇にはコスモスが咲いていた。

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休憩と調査を兼ねて摂待駅に向かっているところ。
始め線路脇の真新しい老人福祉施設のようなところに引きつけられてルートを外してしまう。

途中で駅ではないことに気が付いて、駅までやってきた。

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08:10 三陸鉄道北リアス線 摂待(せったい)駅前

雨に打たれながら歩き、ようやく駅にたどり付いた。
ポンチョは雨だとザックを下ろすに下ろせないので、屋根付きの休憩場所がないとかなり困る。
トイレの軒下にザックを下ろして一息つく。

2016-10-17-12

駅は高い位置にあって、遠くからでも分かりやすかった。
階段を登ってホームまでやって来た。
無人駅でいつでも自由に出入りすることができた。

2016-10-17-13

待合室の中のようす

明るい雰囲気。仮眠ならできそう。

2016-10-17-14

ホームから駅前を見下ろす。
民家が近いので、野宿はあまりお勧めはしない。
駅前広場には、トイレの他に無人の野菜直売所、自転車置場、自販機などがある。

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駅前トイレ

掃除が行き届いた清潔な水洗トイレ。

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トイレ横の外水道。
飲料水の補給や洗い物はここで。

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自販機がたくさん設置されている。
これだけあれば好きな飲み物が見つかるだろう。

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自転車置場

原付きバイクが一台停めてあるのみ。
一時の雨宿りにピッタリ。

 

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摂待駅から再び国道45号線を歩く。
ようやく雨が小降りになってきた。

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尾根伝いに付けられた道を歩く。
国道をゆく車の音が聞こえてきて、よい心地はしない。

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再び紛らわしい分岐に悩まされる。
ところどころ、目印のテープが付いていた。

2016-10-17-20

国道を横断し、交通量の少ない道を歩く。
いつの間にか雨は止んでいたので、ポンチョを脱いだ。
写真はラーメン屋の大将。
国道に看板が設置されていた。

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水沢集落外れのたんぼ

鹿よけと思われる電気柵が設置されていた。
まだ鹿をほとんど見ていなかったので、意外な感じがした。

2016-10-17-22

下の道路に向かって斜面を下りてゆく。
この付近はただの踏み跡のような道がルートとなっていて悩ましかった。

 

唐傘松(からかさまつ)展望所

場所 グリーンピア三陸宮古付近

トイレ、休憩所、水場、芝生の広場あり。
人気がなくて野宿適地。

2016-10-17-27

11:10 唐傘松展望所

展望所からの眺め。
樹木が生い茂り視界が制限されている。
地図を見て野宿場所に良さそうな感じだったので、ザックを置いて寄り道した。
周囲は人気がなくて施設が整っているので、野宿するには最適な場所だった。

2016-10-17-26

小堀内の唐傘松

この大木は、田老地区では最も古いアカマツです。その形が唐傘に似ていることから、この名があります。
田老地区は昭和36年5月に発生した史上最大といわれる大火災「三陸フェーン大火」の被害を受けています。この火災で宮古市から久慈市、さらには青森県八戸市など、三陸沿岸を中心に山林、住宅などが焼き尽くされました。田老地区では全町の3分の2、5861ヘクタールの山林と640世帯が焼失(被害額21億7千万円)し、古木はほとんど失われています。この唐傘松の周辺も焼け、近くには大木は見られませんが、唐傘松だけは生き残りました。
また、嘉永6年(1853年)に3万人が集結して発生した「三閉伊一揆(さんへいいっき){百姓一揆}は」では、このグリーンピア田老周辺が集結地にもなっていますが、この一揆の目撃者でもあるのが唐傘松です。
時には漁師の目印ともなり、また訪れる人を和ましてくれる大木です。古木だということだけではなく、その形の良さ、歴史の証人として親しまれてきました。

宮古市教育委員会

海が見える崖の方にあったアカマツ。
どういうわけか左半分が枯れてしまっている。

2016-10-17-23

休憩所兼トイレ

展望所にあるトイレ。
見た目はぱっとしないが、問題なく使用できる。

2016-10-17-24

休憩所内のようす

外でテントを張らずに、ここでマットを敷いて眠るのもいいだろう。

2016-10-17-25

トイレ入口の流し

トイレ入口と休憩所の間の空間。
ここでテントを張ることも可能。
水はおそらく水道水。トイレは水洗であった。

2016-10-17-28

展望所の周辺は、野宿最適な芝生の広場がある。
どこでも好きなところでテントを張ることが可能。

2016-10-17-29

こちらのトイレはグリーンピア三陸みやこ手前にあったトイレ。
どういう訳か閉鎖されていて使用不能だった。
軒下で雨宿りすることもできる。
裏手には屋根下のテントが張れそうなスペースがあった。

 

2016-10-17-31

グリーンピア三陸みやこ

観光客の姿は全く見えないのに営業中のように見える不思議な施設。
この周辺にも使用可能なトイレがいくつかあった。

2016-10-17-32

グリーンピア三陸みやこの近くにある仮設住宅。
まだ多くの人が避難しているようすだった。

2016-10-17-33

沢の渡渉

グリーンピアから海岸に向かって山中を歩いているところ。

2016-10-17-34

踏み跡の先に現れた変わった施設。
上流側で工事をしているらしい。
この付近から踏み跡が消えてしまったので、工事現場を辿っていった。

2016-10-17-35

ブルーシートで作られた仮設の側溝。
木の枠にシートを打ち付けているだけの簡単なものだった。
それでもキチンと側溝の役目をしていた。

2016-10-17-36

側溝を遡ってゆくと作られたばかりの林道に出た。
工事現場の中にトレイルが消えてしまっている。
仕方ないので、林道を歩くとにした。
どういう訳かこの周辺には人気がなかった。

2016-10-17-37

周囲一帯は広範囲に伐採されて切り開かれている。
いったい何の工事現場なのか。

2016-10-17-38

広大な工事現場の中。
はるか向こうにグリーンピア三陸みやこの建物が見える。
あとで知ったのだが、ここは海岸近くに建設されている高速道路の工事現場だった。
ちょうど昼休みで作業は行っていなかったので、誰にも咎められることなく無事に抜けることができた。

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青野滝集落を抜けて海岸の方に下っているところ。
そこかしこが工事中で重機やダンプの音が聞こえてくる。

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海岸道路に出たところ。
これより先は津波の被害を受けて道路が崩壊していた。
海岸線から斜面を登るルートとなっているのだが、どこにもそれらしき踏み跡は見当たらない。
そこで海岸線を歩いてゆくことにした。

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歩いてゆくと次第に津波の被害の大きさが分かってきた。
通行止めの看板はなかったので歩いてきてみたが、通り抜けできる確信はない。
とりえあず行けるところまで行ってみようと思った。
今更引き返すにしても時遅しで、かなりのタイムロスになる。

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地震の地盤沈下と津波による被害で原型を留めない海岸道路。

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コンクリート護岸がぺたんと倒れてしまっている。
中の土は全て流失してしまったようだ。

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覆道の屋根が落ちて行く手を阻んでいた。
かなりの段差があって乗り越えるのが大変だったので、ザックを置いて空荷で偵察することにした。

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トンネルの手前で大規模ながけ崩れが起きている。

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通り抜け出来そうだったので、引き返す。
先ほどの覆道の屋根はこちらからだと越えるのは簡単だった。

しかし、反対側の段差は大きくて重たいザックを背負ったまま越えるのは厳しいと感じた。
ザックを引き上げるロープがあれば良いのだが、と考えながら歩いていた。

2016-10-17-50

すると波打ち際に係船用の太いロープが打ち上げられていた。
引っ張ると引き抜けた。
太さ30mm、長さ3mほどのピッタリなロープが手に入った。

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ザックの雨蓋のところにロープを通して引き上げているところ。
かなり重たかったが、なんとか上まで上げることができた。

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海岸道路の惨状を振り返って眺める。
まだまだ海岸道路は続く。気を引き締めて歩いて行った。

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トンネル内には土砂やコンクリートの塊が堆積していた。

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大きく陥没していた箇所。
中にあった土はどこに行ってしまったのだろうか。

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バラバラになった巨大なコンクリート片が転がっている。

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安全地帯の開けた砂浜に辿り着いてホッと一息付いたところ。
まだ先は険しい道程が続いている。

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砂浜にザックを置いて再び空荷で偵察する。
この先も酷い状態だった。

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大規模な斜面の崩落が起こった現場。
津波のすさまじいエネルギーを感じ続けていた。

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難所をクリアしてようやく気が楽になった。

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2つ目のトンネル

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こちらのトンネルにはかなりの量の土砂が堆積していた。

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危険地帯を突破して砂浜に出たところ。
一時はどうなることやらと冷や汗を垂らしながら歩いていたが、無事に抜けることができた。
ザックを置いてゆっくり休む。
向こうに小港漁港が見える。

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14:50 小港漁港

時間が時間なので、まずは水場の捜索を行った。
地図には漁港にトイレが載っているので、トイレを覗いてみた。
すると水は出たが白濁した怪しげな水が出た。
見るからに怪しい水で飲む気にはなれない。

一旦戻って灯台入口の広場で休むことにした。

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灯台入口広場の奥にある東屋。
津波の被害を受けて東屋までの斜面が崩壊している。

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幸い東屋は使用可能だった。
しかし、風当たりが強いので、風が強い日にテントを張るのは厳しいと思った。

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ねぐらの調査を兼ねて真崎(まさき)灯台へ行ってみることにした。
最悪、漁港の自販機のミネラルウォーターを買えばいいと思った。

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階段途中から田老(たろう)方面を望む。
風が強くて白波が立っている。

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小港漁港を見下ろす高台から通ってきた海岸道路を望む。

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15:10 真崎灯台

灯台周辺は樹木が生い茂り、視界が遮られて景色はイマイチだった。
しかし、広大な芝生の広場がありテント張り放題だった。
樹木に囲まれているので、思ったより風が吹かない。

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灯台周辺の広場。
トイレと水場はないので、野宿する場合は注意が必要だ。

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小港漁港トイレ

灯台から下りて水をどうしようか悩んでいると、タイミングよく地元の人が犬の散歩に訪れた。
それでトイレの水が飲めるか聞いてみた。
すると、漁港の方まで水道管が来ているので大丈夫だろう、ということだった。
それで再び水を汲みにやって来た。
トイレは簡易水洗。
漁港の周辺は広々としているので、そこら辺でテントを張ることは可能だった。

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トイレ入口にある外水道

建物のすぐ近くに量水器の蓋があったので、水道管が確かに来ているように思われた。
他に水と言えば、自販機の高い水しかない。
試しに飲んでみると、大丈夫そうだったので、飲用水として汲むことにした。(実際に生水を飲んだが、体調不良とはならなかった。)

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漁港内の自販機。
500mlのミネラルウォーターは110円だった。

 

真崎灯台入口広場

場所 田老手前の真崎付近。

トイレ、水場、東屋あり。(歩いて5分の漁港の公衆トイレを使う。)
広大な草地のサイト。
遮るものがないので、風には要注意。

2016-10-17-75

16:25 テント設営

水を汲んで灯台入口広場まで引き返した。
灯台まで上がるのは面倒だし、漁港内で野宿するのも早朝やって来る漁師の車の音で目が覚めるかもしれない。
そこで広場の斜面の陰になるところにテントを張った。
すごく開放的で気持ちのよいサイトだった。
多少傾斜があるが、地面が草地でフカフカで心地よかった。

食事

朝 白麦ごはん、レトルトカレー、みそ汁
昼 ドーナツ×1、ピーナツ×1袋、食パン×6枚
夕 生ラーメン

2016日10月18日(12日目)

行程

真崎から宮古市中の浜まで   

歩行距離 18.1km 
行動時間 9時間30分(休憩時間を含む)
ねぐら  震災メモリアルパーク中の浜

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??? 起床 晴れ テント内?

風通しのよい場所でのテント泊で風が気になったが、斜面の陰に張ったお陰で無事に夜を明かすことができた。
夜明け前に漁港に向かう車が数台あっただけで、それ以外に人の気配はなかった。

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テントを撤収して荷物をまとめたところ。
これよりザックにパッキングする。

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灯台入口の駐車スペース

テーブルと椅子が設置されいる。
ここの方が見晴らしが良いが、風が強いのでここでの野宿は控えた。

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駐車スペースから田老方面を望む。

06:00 出発

周囲の景色を堪能したところで、そろそろ出発することにした。

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田老方面遊歩道入口

目立つところにトレイルの標識あり。
奥へと踏み跡が続いていた。
人気がなかったので、熊よけのために時おり笛を吹いて歩いた。

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樹木の切れ間から海岸線が見えた。
断崖が朝日に染まっている。

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海岸で昆布拾いをしている人。

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砂浜に下りたところ。
真崎方面を望む。

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こちらは南側の田老方面。
清々しい青空が広がっている。

三王(さんのう)園地

場所 田老手前、三王岩付近

トイレ、水場、東屋あり。
快適な野宿適地。
向かいにホテルがあるので、それなりの配慮が必要。

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07:00 三王園地

三王岩近く、見晴らしの良い高台に作られた公園。
施設が新しくて充実している。
早朝にも関わらず、数台の車が停まっていた。

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駐車場前にあるトイレ

温水シャワー便座のある快適なトイレだった。
まずはここで用を足してスッキリしたところで、早速施設のチェックを行うことにした。

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トイレ横の水道

野宿者には有り難い外水道。
ここで洗濯をさせてもらった。

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駐車場から一段下がったところに東屋と水場のある広場があった。

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東屋の下にテントを張ることが可能。
水場もキチンと水が出た。

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広場を抜けて岬のさきっぽに行ってみることにした。
どんどんと海岸方面に下りてゆくので、帰りのことを思うと怖くなってきた。

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海岸まで下りてゆくと畳岩と呼ばれる開放的な岩場に出た。
目の前に大海原が広がっていて迫力のある景色を見ることができる。
三王岩の陰に隠れて目立たない存在だが、十分見ごたえのある景色だった。

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一旦戻って三王岩(さんのういわ)の方にゆく。
遊歩道を歩いていると眼下にそれらしき奇岩が見えてきた。

2016-10-18-20

展望台から三王岩を望む。
これは非常に面白い岩だ。
左側が女岩で、右側が男岩。
もう片方の女岩と太鼓岩は、ここから見えない。

三王岩(さんのういわ)

三王岩は、高くそびえる石柱状の男岩(高さ約50m)、その両側に寄り添う女岩(高さ約23m)、太鼓岩(約17m)で構成され、一億年ほど前の中生代(白亜紀)の地層からなっています。
展望所からは、男岩下部にある直径約2mの海蝕洞を見ることができます。男岩は、遊歩道(8分)で海岸へ下りて見上げると雄大さをより実感できます。(県指定天然記念物)

立て看板より

2016-10-18-21

三王園地から田老漁港方面への海岸線の道は、覆道周辺が崩れていて通るのが大変そうだった。
ルートではないので、通るのは控えた。
右奥の方に田老市街地がある。

2016-10-18-23

車道を歩いて田老漁港まで下りてきたところ。
海岸部周辺は工事中だらけで、空き地が目立った。

2016-10-18-24

食料の買い出しのため、国道45号線の方向に歩いているところ。
前方に震災で壊れたホテルが見えてきた。

2016-10-18-25

08:25 たろう観光ホテル

2階部分までの壁が破壊されて鉄骨むき出しになっている。
周囲に建物がほとんどないので、かなり目立っている。

津波遺構「たろう観光ホテル」

【被災の状況】

たろう観光ホテルは、1986年(昭和61年)に建設後、市民や観光客に愛される施設として、営業されてきました。
2011年(平成23年)3月11日の東日本大震災で、高さ17メートルを超えるとも言われる津波の被害を受け、4階まで浸水、2階までは柱を残して流失しましたが、倒壊することなく、現在の姿で留まりました。

【遺構としての保存】

被害を受けた建物の取り壊しが進む中、宮古市は甚大な震災の記憶を風化させることなく、後世に伝えるための「津波遺構」として保存することを決定しました。
2014年(平成26年)3月に宮古市が取得、2016年(平成28年)3月までに被災した「ありのままの姿を残すこと」を目的とした保存整備工事を終えました。
今後は、訪れる人々に津波の恐ろしさを伝え、訪れる人々の防災意識を高めることにより、震災による被害が繰り返されないことへと繋がるよう、現在の姿のまま保存してゆきます。

立て看板より

2016-10-18-26

一階部分のようす。

津波に流されてがらんどうになっている。
ホテル周囲にはフェンスが張り巡らされていて中に入ることはできない。

2016-10-18-28

駐車場脇にある真新しいトイレ。
トイレの手洗い場で水を汲むことが可能。

2016-10-18-27

震災による地殻変動で移動した基準点。
南東方向へ2.18m移動し、0.31m地盤沈下している。
こうやって実際に自分の目で見てみると、地震の凄さが分かる。

2016-10-18-30

08:35 道の駅「たろう」建設予定地にあるコンビニ

たろう観光ホテルからルートを逸れて国道45号線に出た。
あちこち工事中だらけで、どう行ったらいいのか迷ったが、歩行者のみ通行可の場所で助かった。
スマホのナビを見ると、少し岩泉町方面に行ったところにローソンがあった。
それでまずは国道まで出て、それから国道沿いを歩こうと考えた。
国道まで出てみると、ちょうど角のところにヤマザキデイリーストアがあった。
なんというラッキーなことだろうか。
外にザックを置いて真新しい店内に入って行った。

2016-10-18-29

コンビニで購入した食料

お腹が空いていたので、直ぐに食べられるパン、それにお菓子やうどんなども購入した。
それほど遠回りせずに食料を手に入れられて助かった。

2016-10-18-32

道の駅建設予定地

舗装されているのはまだ一部分のみ。
道の駅の建物はまだ建設されていない。
ところどころにポツポツと商店が建っているのみ。

2016-10-18-31

こちらは物産館。

産地直売の新鮮な野菜類が販売されている。
すでに食料を購入していたので、素通りした。

2016-10-18-33

田老の防浪堤

震災前に建設されていた古い防潮堤。
内陸部にあったので原形を留めているようだ。

2016-10-18-34

道の駅の隣にあった野球場。
できたての野球場で、ピカピカだった。
中では大勢のお年寄りたちがグランドゴルフをしていた。
もうゲートボールは廃れてしまったらしい。

2016-10-18-36

津波の被害を免れた旧防潮堤が嵩上げされていた。
ここは二股に別れているところで、海岸の方に伸びている右手の方は跡形もなかった。

2016-10-18-35

港に建設されている漁業関係者用の倉庫。
仮設の倉庫がたくさん建ち並んでいる。

2016-10-18-37

旧防潮堤の海岸側に新たに建設されている防潮堤。
下に下りると工事中の防潮堤が邪魔をしてルートの先が分かりにくくなる。

2016-10-18-38

田老港から宮古市方面への取り付き。
工事現場の中を通った先にあった。
草が茂っていて分かりにくかった。
尾根へと続く遊歩道が津波避難経路として利用されている。

2016-10-18-40

山の斜面を登ってようやく傾斜がゆるくなってホッとしたころ事故は起こった!
枯れ枝に脚を取られて転んでしまったのだ。
トレッキングポールの上に転んだため、左のポールが曲がってしまった。
脚を前に出して転ばないようにしようとしたが、枝が引っかかっていて思い通りに動かせ無かった。無念。

2016-10-18-41

ポールの曲がった部分。
つなぎ目のところで曲がってしまっている。
ポッキリと真っ二つに折れなかったので、その後も使用することが可能だった。
重たい荷物で消耗しきった体に推進力を与えてくれた。
ポールのお陰でなんとかゴールできたと言っても過言ではない。

2016-10-18-42

10:40 栃内浜(とちないはま)

ポールを曲げて一時はしょんぼりしてしまったが、やってしまったものはどうしようもない。
気分を切り替えて歩いた。
しばらく歩いてゆくと開放的な海岸に出た。
周囲に民家がないので、防潮堤が作られていなくて、自然の海岸が残されている。

2016-10-18-43

天気が良かったので、モバイルソーラーパネルをセットして充電しておいた。
季節外れの暑さで、かなりバテてしまった。
無理はせずに十分休みをとることにした。

2016-10-18-44

栃内浜では30分以上の長い休憩をとった。
そのお陰か、かなり体が楽になった。
防潮堤だらけの海岸ばかりの中で、こうした自然の海岸が残っているところはかなり貴重だ。

2016-10-18-45

栃内浜を後にする。
水さえあれば、野宿するには楽しそうな海岸だった。

2016-10-18-46

樫内集落の近くにある小さな漁港。
ここからのルートで大きなミスをしてしまった。
なんと、迂回路を通って正規のルートで戻ってしまったのだ!

2016-10-18-47

見たことのある漁港が見えて気が付いた。
何か変だなあと思いつつここまで歩いてしまった。
トレイルマップには「満潮、高潮時通行不可 迂回路使用 事前の潮位確認が必要」とある。
戻ってしまってガックリきていたので、海岸端のルートは通れるか確認せずに戻った。

2016-10-18-48

自分の通った道が迂回路とは気が付かなかった。
通り過ぎたあとでなら分かるが、歩いている最中は気が付きにくい。
こちらを向いていない標識があったら、面倒でも確認しに行ったほうが良いと思った。

2016-10-18-49

13:15 松月浜(まつつきはま)

続いてやって来のは、松月浜。
ここから海岸線沿いに遊歩道があるようだが、地盤沈下により通行不可とトレイルマップに記載されている。
ここを突破できれば、時間短縮になる。
そこで自分の目で見て確認することにした。

2016-10-18-50

波に洗われている海岸線沿いのルート。
これでは通り抜けはできないと分かった。
そうと分かればルートを辿って松月集落まで上がるのみ。

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14:30 宮古カントリークラブ

集落を抜けて延々と舗装路を歩いてゴルフ場の入口までやって来た。
ここに来る前に力尽きて、作業出入り口のところで銀マットを敷いて休憩した。

ゴルフ場を過ぎると分かりにくいが、左下の踏み跡を下りてゆく。

2016-10-18-52

森の中の遊歩道は、大雨により地形が変わるほど土砂が流出している箇所があった。
そこにはアルミ製のハシゴが設置されていた。
路肩が弱くて滑りやすいので、注意して通過した。

2016-10-18-53

女遊部浜(おなっぺはま)に向かって下りているところ。
前方を歩くのは、同じトレイルを歩いているセクションハイカー達。
その中の女性から手製のクッキーを頂いた。

2016-10-18-54

15:10 震災メモリアルパーク中浜

この公園にたどり着く頃には体力の限界に近づいていた。
公園のトイレで水を汲めることが分かると、本日はここで泊まることに決定した。

震災メモリアルパーク中の浜(なかのはま)

場所 宮古市姉ヶ崎手前

トイレ、水場あり。
広大な芝生の広場があって野宿に最適。
視界内に民家はなく、公園利用者の姿もないので、気兼ねなくテントを張ることができる。

2016-10-18-59

震災の被害を受けたキャンプ場を整備しなおして建設された公園。
公園内には震災で被害を受けた施設が当時のままの姿で残されている。

2011年(平成23年)3月11日、中浜には15メートルを超える津波が押し寄せました。
美しい海辺のキャンプ場として多くの賑わいがあった中の浜は、津波により一変しました。
環境省は中の浜キャンプ場の施設を震災遺構として保存し、震災の記憶を伝える場として「震災メモリアルパーク中の浜」を整備しました。

立て看板より

2016-10-18-58

入口駐車場の片隅にあるトイレ。
循環式水洗のバイオトイレとなっている。
トイレの中は水は出ない。

2016-10-18-60

トイレの外側に水道あり。
ここで水を汲んだり、身なりを整えたりした。
この水道があったお陰で、公園に泊まることができた。

2016-10-18-57

津波で被害を受けたトイレ。
見るも無残な姿となっている。

2016-10-18-56

こちらが炊事棟。
太い柱がポッキリと折れている。
もとは屋根があったのだろうか。

2016-10-18-55

15:30 テント設営

道路から見えない場所の奥の方にテントを張った。
まだ明るかったが、ゆっくりしたかった。
若干の傾斜があったので、平らな場所を選んだ。

2016-10-18-61

グリーンのテントは公園内に溶け込んでしまっている。
遠目で見ると全然違和感がない。

2016-10-18-62

ウォーキングシューズの傷みが進行してきたようなので、食事を済ませたあとで修理を行った。
次の大きな町の宮古で靴を買い換えることも考えた。
その前に、修理を施してこれ以上酷くならないようにした。

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帆布用縫い針使って麻糸で縫ってゆく。
皮やゴムを貫通させるにはかなりの力が必要だったので、折りたたみナイフのペンチを使った。

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修理後のようす。

これでしばらくようすを見ることにした。
これでダメなら靴を買い換えればいい。

食事

朝 白麦ごはん、みそ汁
昼 惣菜パン×1、食パン×6枚、お菓子×2袋
夕 うどん(具少なめ)

ようやく12日目で、宮古市街まであと僅かのところまで迫った。
足の傷みは回復傾向にあるが、ウォーキングシューズの傷みが進行しつつある。
そしてザックの重さによる疲労の蓄積がかなりのものとなっていた。
歩き旅そのものには慣れてしまったが、慣れたため新鮮味がなくなって飽きてきたのを感じた。
消耗しつつある体で、そうした精神状態でも旅は続けられるのか。
不安は全く尽きることはなかった。

つづく

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