みちのく潮風トレイル(全長700km)踏破記録 その9~大船渡から南三陸町まで

2016日10月31日(25日目)

行程

大船渡市街地手前から陸前高田市まで

歩行距離 25.5km 
行動時間 10時間(情報収集・休憩時間を含む)
ねぐら  陸前高田市街地手前の工事中の陸橋の下

04:00 起床 曇り テント内 6℃

昨日よりさらに冷え込んだ。
防寒着のフリースとカッパ上下を着ると、朝晩の寒さを耐えられる。
今回は思いつきで歩き始めたので、寒さ対策は全く考えていなかった。
シュラフカバーにもなるポンチョが無ければ、かなり厳しい状況に追い込まれていたことだろう。

06:00 出発

薄暗い神社の境内を出発して歩き始める。
早朝のため周囲は全く人気は無し。

県道9号線を歩く。
太平洋セメントのセメント工場のすぐ横を通った。
巨大な施設が目の前に迫る。

赤白の煙突

煙突の先を見上げると首が痛くなってくる。
それだけ高い煙突だった。

大船渡の中心部を迂回して川口橋を渡って大船渡湾の対岸までやってきた。
海岸部は見渡すかぎりの工事現場で荒涼とした雰囲気が漂っている。

道路脇に置かれていた風力発電施設の巨大なプロペラ。
いくつも並べられていた。
岸壁付近に風力発電所を建設するようだ。

周囲に建物がない交差点。
奥に見えるのは最近できたビジネスホテル。

06:55 魚市場

早朝だが車の出入りが多いので、中に入らずに入口近くの邪魔にならないところでザックを置いてしばらく休んだ。

大船渡湾を眺める。
魚市場を過ぎると海岸近くから離れて高台にある国道45号線まで上がって来た。
大船渡の市街地を離れる前に国道沿いのコンビニで行動食のパンを購入した。

震災後、新たに建てられた魚市場。
ここだけ見ると、かなり復興しているように思われる。

大船渡湾の出入り口付近のようす

08:30 JR細浦駅近くの漁港

岸壁工事が行われている最中で、船の出入りも多かった。
すぐ近くで潜水士が潜って作業をしていた。

漁港内に係留されているイカ釣り漁船。
たくさんの集魚灯が装備されている。

交差点から見える鉄道の高架に違和感あり。
ガードレールが設置されている。

なんと線路が撤去されてアスファルト舗装されていた。
先ほどここをバスが走って行った。
これがBRT運行区間というものらしい。

途中の小さなスーパーで食料品を購入した。
天然酵母のパンが凄く旨くて腹持ちが良かった。

山を越えて反対側の門之浜湾(かどのはまわん)の方までやって来た。
防波堤が建設されているため、漁港周辺の見通しは非常に悪い。
そのため、穴通磯へと向かう道が分からなくてかなり迷った。

防潮堤によって遮られる視界

トレイルを歩く者にとっては邪魔な障害物となる。

10:15 穴通磯(あなとおしいそ)駐車場

山越えの道に不安を感じながら歩いていると、ようやく穴通磯の標識を見つけてホッとする。
トレイルの標識が全くなくて心細かった。
穴通磯は奥まったところにあって、ここまで来る観光客は少ないらしい。
広い駐車場には一台の駐車場も停まっていなかった。

トイレ

水洗トイレで水汲み可能。
駐車場付近にはテントを張れる場所がたくさんあった。
付近に民家は全くなくて静かで、なかなか良好な野宿スポットだった。

駐車場から穴通磯が見える展望台まで歩いて3分。
歩きやすい遊歩道が整備されている。

展望台から穴通磯を眺める。

穴通磯(あなとおしいそ)

大船渡市末崎半島の南東端約6kmの海岸線は「碁石(ごいし)海岸」と呼ばれ、雄大な海食地形で知られるリアス式海岸の中でも特に断崖や洞門、洞穴などの変化に富んだ景観となっています。その中でも穴通磯は3つの洞門を持つ奇岩で、小型観光遊覧船で穴をくぐることができます。
碁石海岸で見られる地層は、中生代白亜紀(約1億3千万年前)の海に堆積したものと言われています。
穴通磯は、砂粒の固まった砂岩と泥の固まった頁岩(けつがん)が交互に層となっています。

   平成19年3月 環境省・岩手県

立派な造りの東屋

斜面に建つ立派な東屋だった。

駐車場からさらに遊歩道分岐まで戻るとザックを回収して先に進む。
断崖近くの遊歩道を歩く。
遊歩道はアップダウンがあってかなりキツかった。

垂水浜(はれみずはま)

人工物がない自然な浜となっている。

明るいアカマツ林を歩く。

東経141度44分30秒の標識。
中途半端な数値で全然うれしくない。

赤土倉(あかどくら)

場所 碁石海岸手前の小さな漁港付近

トイレ(仮設)、水場あり。
広大な草地のサイト、付近に民家はなく静か。
碁石海岸の中でも上位に入る良好な野宿ポイント。

11:00 赤土倉(あかどくら)漁港

広くて開放的な場所。この付近を赤土倉と言うらしい。
何の説明もなかったので、歩いていた当時は分からなかった。

漁港隣の広大な野球場。
草地の広大なサイト。
平日であれば、やって来る人間はほとんどいないだろう。
インフォメーションセンターから遠いので、観光客の姿も見かけない。

仮設トイレ

3つのうち2つが壊れて使用不能となっていた。
綺麗なトイレではないが、あるだけマシと思った方がよい。

水場

井戸水で蛇口をひねると水が出た。
ポンプで汲み上げているようす。

「この水は井戸水です。水量に限りがあり、大量に使用すると出なくなることが予想されます。」”水は自然の恵み。大切にご使用ください。”

大船渡市教育委員会

赤土倉・巾着岩(きんちゃくいわ)

赤土倉は小さいながらも天然の漁港として開け、巾着岩、白石島などの島々を擁し碁石海岸の中でも風光明媚な浜辺です。
巾着岩は烏帽子に似ていることから別名烏帽子島とも呼ばれ、ウミネコ、ウミウの営巣地となっています。

岩手県

アップダウンを繰り返す遊歩道。
地味に体力が削られてゆく。

キャンプ場手前の公園

立派な東屋があったのだが、中でテントは張れない。
周囲は広くてテントを張り放題だった。

11:50 碁石海岸キャンプ場

一番手前にあった炊事棟
場内は広いがお客の姿は全くなし。

広大なフリーサイト。
インフォメーションから一番遠いところにある。
立派なキャンプ場なのだが、フリーサイトでも管理費込みで一泊2,000円もするので、全く泊まる気になれない。

トイレ

遠いところのトイレは閉鎖されていた。

炊事棟

インフォメーションセンターに近いところ。

外水道あり。

オート区画

区画ごとに流しとバーベキューコンロ、AC電源あり。
姉ヶ崎のオートキャンプ場と似たような作りだった。

トイレ兼シャワー室

これまた立派な作り。

11:55 碁石海岸インフォメーション

トレイルの情報収集のため、インフォメーションに立ち寄る。
情報収集よりほとんど雑談をしていた。
ネットに繋がったパソコンが置いてあるので、情報収集することができる。
一番耳寄りな情報は、この付近に自然保護官の事務所があるということだった。
コーヒーを頂いて散々話してスッキリしてから自然保護官事務所に向かう。

歩いて3分ほどのところにある小さな建物だった。
中に入って事情を話して、いろいろ情報を頂いた。
さらに石巻周辺までの5万分の1の地図のコピーも頂いた。
トレイル未開通区間となると、12万分の1のツーリングマップを見て歩かねばならず、道迷いばかりして全然進めない。
詳しい地図を手に入れたお陰で、大雑把な補給計画を立てることができて、随分と楽になったのだった。

碁石海岸レストハウス

中には売店とレストランがあるらしいが、お客さんの姿は全くなし。

インフォメーションセンー近くの展望台

非常に立派な展望台だった。付近の樹木はまだ茂っていないので、見晴らし良好だった。

綾里崎(りょうりさき)を望む。
それほど景色が良くない綾里崎をグルっと回って無駄だったなと思った。

眼下に雷岩と乱暴を見下ろす。
海が穏やかなため、ほとんど音が聞こえない。
この日は西寄りの風が吹いていた。

雷岩(かみなりいわ)と乱暴谷(らんぼうや)

目の前に見える雷岩からは、洞穴に打ち付ける波が空気を圧縮して出る際に、ドーンという雷にも似た重低音がします。このため、「残したい日本の音風景百選」に選ばれています。乱暴谷は、陸と雷岩が向かい合うように切り立つ、高さ約30mの断崖絶壁に挟まれた、峡谷のような水道です。波穏やかな日には、小型遊覧船で乱暴谷を通ることができます。春から夏には、雷岩の上でウミネコやオオセグロカモメが繁殖している様子が見られます。どちらもカモメの仲間であり、ウミネコは大船渡市の鳥に選ばれています。
2011年3月11日の東日本大震災では、雷岩の半分より下のところまで津波が来ました。
雷岩と乱暴谷を含む碁石海岸は、三陸ジオパークのジオサイトとなっています。

環境省

遊歩道のところに置いてあったゴミ箱

なぜかポリカ波板も捨てられていた。
なぜだろう?

上から覗くと答えが解った。
ゴミが風で飛ばされないように風よけとしているのだ。
なるほど。と思った。

雷岩を見る展望台は断崖絶壁の上にあり。

乱暴谷を反対側から見る。

展望ポイントに面白いスペースあり。
ここで野宿するなら日が暮れてからだな。

灯台広場の東屋

雨の日の休憩にピッタリ。

テーブルと椅子のようす。
夏だったら、寝袋とマットだけで野宿できる。

13:45 碁石崎灯台

広々とした開放的な場所。
休憩や野宿にピッタリ。
近くに水場があるし、トイレはそう遠くない場所にある。
観光客が帰って行ったら良好な野宿スポットに早変わりだ。

碁石崎展望台

岬の先っぽのところにあって、見晴らしは抜群だ。

展望台から南のリアス式海岸を眺める。

灯台から岬先端部を見下ろす。

インフォメーションセンターと自然保護官事務所で随分と過ごしてしまった。
碁石崎からは南の海岸線の道路を通って陸前高田市の方に向かう。
道路を歩いていると、うわさの海岸の前を通りがかった。

14:00 碁石浜

人工物に囲まれた浜辺。
高い防潮堤が雰囲気を台無しにしている。

碁石のような角が丸まった石。

14:15 熊野神社

三面椿(さんめんつばき)という珍しい椿がある神社に寄ってみた。
入口にザックを置いて石段を登ってゆく。

風格ある社殿。

狛犬(右)

狛犬(左)

どちらも趣があっていい。
足元には賽銭と花が供えられている。

三面椿

日本最大、最古の椿という標識があった。
なるほど。こんな大きな椿見たことない。

熊野神社境内にある根回り周囲8メートル、樹高10メートルのヤブツバキの古木です。「三面椿」の名称は、熊野神社の創建時、社殿の東、南、西の三方に椿が植えられてということに由来しています。現在は東方の樹木のみが残っています。

トレイルマップより

立派な幹。重さで折れないようにつっかえ棒が取り付けられている。

神社の隣にある公衆トイレ

手洗い場で水汲み可能。

高台から門之浜湾を見下ろす。
ここ碁石海岸近くの小さな漁港でも防潮堤の工事が行われていた。

BRT運行区間のようす

線路は撤去されてバスが走行している。
一般車両が道路内に入らないように遮断機が設置されている。
もちろんBRT道路内は、歩行者、バイク、自動車の進入は禁止されている。

BRTの踏切は、一旦停止のみ。
一般道路側の遮断器は撤去されている。

当社の「BRT」の概要

「BRT」とは、バス・ラピッド・トランジット(Bus Rapid Transit)の略で、連節バス、PTPS(公共車両優先システム)、バス専用道、バスレーン等を組み合わせることで、速達性・定時性の確保や輸送能力の増大が可能となる高次の機能を備えたバスシステムです。

BRT導入の経緯

先の東日本大震災により、当社施設は甚大な被害を受けました。そのうち、気仙沼線 柳津・気仙沼間、大船渡線 気仙沼・盛間については、お客さまの安全の確保など復旧にあたって解決すべき課題も多く相当の時間がかかることが想定されたことから、地域の交通を当社が責任を持って守りつつ、早期に安全で利便性の高い輸送サービスを提供し地域の復興に貢献していくことを目指し、「BRTによる仮復旧」を沿線自治体に対しご提案しました。

気仙沼線については2012年8月20日からの暫定運行を経て12月22日当社が事業者となり運行開始、大船渡線については2013年3月2日から運行を開始しています。

JR東日本HP(気仙沼線・大船渡線BRT(バス高速輸送システム))より

BRT路線が横切る交差点。
信号機が連動しているようす。
ここは一旦停止しなくても通過できる。

15:30 小友(おとも)駅

BRT路線になっているJRの駅
以前の駅の施設は全く見当たらない。
ここの駅は水洗トイレが設置されていたので、手洗い場で水を汲ませて貰った。
BRTの駅は、バス停のようなもので、全てにトイレがあるとは限らない。
トレイルマップの情報を手がかりにここで水を汲もうと決めていた。
ここで水を汲めなかったらどうしようかと思っていたところだった。

待合室内は無料Wi-Fiサービスが提供されている。
スマホの電池が勿体無いので利用せず。

バスがやって来た。
普通の路線バスと変わりはない。
目立つ赤色のボディーだった。

小友駅の駅前は広々としていて野宿は可能。
ただし隣にタクシー会社があるので、車の出入りがあるので落ち着かない。
野宿場所を探しながら歩いてゆくことにした。

陸前高田の市街地に向かって県道38号線を歩いていると、田んぼの中に工事中の陸橋を見つけた。
周囲は工事が一段落していて作業員の姿はない。雨が降りそうで東屋の下にテントを張りたいと思っていたところだったので、小躍りしながら橋の下に向かって行った。

16:10 テント設営

治安や水はけ、過ごしやすさなどいろいろ考えたが、他に良さそうなところのアテもないので、ここで野宿することに決めた。
橋の下の道路は通行できるので、車に轢かれないか気になった。

そこでザックに取り付けている反射タスキをテントに取り付けておいた。
夜間、車が来ても目立つようにするためだ。
あと、周囲は風を遮るものは全くない田んぼの中だったので、風に警戒して張り綱をキッチリ張っておいた。

結局、次の日まで一台も車は来ることはなく、私の心配は杞憂に終わった。

食事

朝 白麦ごはん、みそ汁
昼 パン×2袋と1/3、いちごジュース500mlパック
夕 白麦ごはん、みそ汁、お菓子×1袋

2016日11月1日(26日目)

行程

陸前高田市から気仙沼市まで

歩行距離 33.3km 
行動時間 11時間(休憩時間を含む)
ねぐら  気仙沼市松岩公民館となりの墓地

04:00 起床 曇り テント内13℃

夜に雨は降らなかった。今にも雨が降りそうな分厚い雲に覆われているため、気温は高めで過ごしやすい朝だった。
橋の下は、稲刈り後の田んぼの中にあるため、人気は全くなし。静かな夜を過ごすことができた。

普段履いている靴下は、伸び伸び軍足。
丈夫な作業用の靴下だが、重たい荷物を背負って毎日歩いているため消耗が激しい。
毎日、炊飯中の空き時間を利用して、空いた穴を縫っている。

06:10 出発

一晩の宿を提供してくれた橋の下を後にする。
実にタイミング良く、この野宿場所が見つかったものだと思った。
工事現場の中にできた一時的な野宿スポット。
時が過ぎれば、状況が変わってしまいどうなるか分からない。

そのまま海岸線沿いの県道38号線を歩いて行きたかったのだが、通行止めで迂回する羽目になった。
山手側の道を通って、反対側の通行止めになっているところまでやって来た。
およそ30分のタイムロスか。

道路の隣に荒れ果てた線路があった。
現在は、BRT運行されていて全く使用されていない。
枕木の間から草がたくさん生えてしまっている。

かつて高田松原のあった海岸には巨大な防潮堤が建設されつつある。
道路から遙か遠くの防潮堤を撮影した。
遮るものが全くないので、ズームで撮影することができた。

国道45号線を歩く。
見渡す限り荒れ地と工事現場のみ。
一体町はどこに消えてしまったのだろうか。

国道沿いの市営住宅

震災遺構として一棟だけ残されている。
5階建ての建物で、津波の被害を免れたのは最上階の5階部分のみ。
近いうちに整備されて一般に公開される予定らしい。(外観のみ)
今はフェンスで囲まれて立入禁止とされている。

部屋の中のようす

めちゃくちゃに壊れてしまっている。
ここに住んでいた人はどうなったのだろうか。

延々と殺風景な国道を歩く。
どんよりとした曇り空が被災地の惨状をさらに陰鬱なものとしている。

国道から山手側を撮影する。
遙か遠くに民家のようなものが見える。
眼前に広大な空き地が広がっているのみ。

セルフのガソリンスタンドの看板。
津波浸水の矢印が看板の一番上に付いている。

08:10 道の駅「高田松原」

当時の建物は震災遺構として残されている。
建物はボロボロだった。
代わりの建物として、追悼施設や情報館が建設されていて使用可能であった。

道の駅建物内部のようす

鉄骨がぐにゃりと曲がり、丈夫なはずの鉄筋コンクリート製の壁が剥がれ落ちている。

震災の追悼施設

慰霊碑の前に花が供えられていた。
ここで犠牲者の冥福を祈った。

陸前高田復興まちづくり情報館

開館時間 午前9時から午後5時まで(年中無休)

展示室やトイレあり。
暖かく暖房されていて快適な休憩場所となった。

リンク 陸前高田市復興まちづくり情報館

建物の中には震災関連の展示物が多数。
情報検索のタブレットも設置されていた。

奇跡の一本松に向かう。
道の駅から歩いて20分ほど。
駐車場は道の駅より近いところにあり。ここからだと歩いて10分ほど。
看板が設置してあるので、迷わず行ける。
浄化センターの前を通って奥にゆく。

途中に休憩所とトイレあり。
仮設だが、車いす用のトイレもある。
もうしばらくすれば、一本松の周囲はしっかり整備されることだろう。
今は柵に囲まれていて工事現場の雰囲気。

09:00 奇跡の一本松

津波で壊滅的な被害を受けた松原の中で、ただ1本だけ残った松。
残念ながら枯れてしまってしまったようだが、今現在は手が加えられて模造品の松としてのこされている。
周囲には何もないところなので非常に目立つ。
改めて犠牲者の冥福を祈った。

奇跡の一本松(きせきのいっぽんまつ)は、岩手県陸前高田市気仙町の高田松原跡地に立つ松の木のモニュメントである。
太平洋につながる広田湾に面した高田松原(以下「松原」と略記)は、350年にわたって植林されてきた約7万本の松の木が茂り、陸中海岸国立公園(現三陸復興国立公園)や日本百景にも指定されていた景勝地であったが、2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による津波の直撃を受け、ほとんどの松の木がなぎ倒されて壊滅した。しかし、松原の西端近くに立っていた一本の木が津波に耐えて、立ったままの状態で残ったことから、この地震と津波(東日本大震災、以下「震災」と略記)が陸前高田市のみならず広く東日本の太平洋沿岸地域一帯に甚大な被害をもたらした中にあって、この木は震災からの復興への希望を象徴するものとしてとらえられるようになり、「奇跡の一本松」や「希望の松」などと呼ばれるようになった。
震災後、この木を保護する活動が続けられたものの、根が腐り枯死と判断された。その後に震災からの復興を象徴するモニュメントとして残すことになり、幹を防腐処理し心棒を入れて補強したり枝葉を複製したものに付け替えたりするなどの保存作業を経て、元の場所に再び立てられている。

Wikipediaより

一本松の奥には、津波で破壊された生々しい姿を残すユースホステルが残されている。

空高く真っ直ぐに伸びる松。

気仙川に架かる仮設橋を渡っているところ。
歩道があって安心して歩くことができた。

気仙中学校

津波でボロボロになってしまった建物。

最上階の3階まで破壊されていた。
津波は学校ごと飲み込んでしまった。
屋上に津波の高さの標識が設置されていた。

10:15 長部(おさべ)駅

ここはバス停風の駅。
トイレはなし。

すぐ隣には路線バスの「上双六」バス停がある。
商売敵が多い路線だ。

高台にある集落。
ここは津波の被害を免れたようす。
奥は広田湾。

10:50 気仙沼市に入る

碁石海岸より南はトレイル未開通区間。
そのため地図を見なくても分かりやすい幹線道路を歩く。
距離を稼げるのだが、民家が途切れると歩道がなくなるのが欠点だ。

11:25 自動車専用道路分岐

悔しいけどこれより先は自動車専用道路となっているため、直進して霧立トンネルを歩くことはできない。

自動車専用道路の注意看板。
自動車中心の道路整備に怒りを感じる。

遠回りして海岸沿いの旧道を歩いて霧立トンネルの反対側にやって来たところ。
12時過ぎから雨が降り始め、結構な量の雨となった。
冷たい雨の中を歩いているので、かなり体力を消耗する。
この先、唐桑トンネルを抜けて麓まで下りなければ、補給や休憩ポイントは全くない。
辛いけど歩き続けなければならなかった。

唐桑トンネル入口。
なんと歩道なし。
トンネル内では目立たないポンチョを脱いで歩きたかったが、ザックを置いて脱げるような場所はなし。
仕方なしにポンチョを着たままトンネル内を歩いた。
安全のために、ヘッドランプを点滅モードで点灯させて歩いた。

この狭さ何とかしてくれと言いたくなった。
歩行者が危険を避けるには、トンネルを止めて峠越えの道を歩くしかない。
しかし、峠越えの道の入口がどこにあるかさえ分からない状態だったので、トンネルを歩くしかなかった。
少しでも早く抜けられるように早足で歩いた。
トンネルの長さは830m、車に怯えながら歩き続けた。

13:40 気仙沼市街地のホームセンター

麓まで下りて来るとホームセンターに逃げ込む。
休憩コーナーでグッタリとなる。
結局、唐桑の集落から気仙沼まで、休憩なしで歩き続けた。
幸い雨は途中で上がってくれたが、寒くてポンチョを脱げなかった。

ソールの薄さをカバーするために、厚手の靴下を購入した。
薄手の軍足だと、舗装路を歩く衝撃がダイレクトに伝わって来て、余計に疲れる。
これからは舗装路歩きがほとんどなので、早めに対策をしておくことにした。
3足で約1,000円。これは後々になって違いが出てくる投資となった。

気仙沼の市街地に入って海岸が近くなるにつれて、津波被害の惨状が目立つようになってきた。
ここは市街地に入ったばかりの鹿折川周辺。
川沿いに防潮堤が建設中であった。

殺風景な市街地をゆく。
コンビニでパンを買いたくても、どこにも見当たらなかった。
もちろん、スーパーもなし。

広大な空き地に新しい家がポツポツと建ち始めたところ。
以前の町の様子は全く想像できない。

気仙沼港近くを歩いているところ。
道路標識がなくて迷ってしまった。
途中通りがかった法務局のトイレで水を満タンにしておいた。
この様子ではおそらく市街地内では野宿場所は見当たらない。
郊外に向かって歩いてゆくことに決めた。

道迷いして随分迷った挙句、ようやく県道20号線に出たところ。
川の向こうのイオンに行きたかったのだが、橋が見当たらずウロウロした。
地元の人に道を訪ねて、ようやく海岸部から脱出した。

15:55 気仙沼市街地のイオンタウン

イオンに着いた頃には、辺りが薄暗くなりかけていた。
ゆっくりしたいところだが、日没前にねぐらを見つけておきたい。
手早く買い物を済まると、休憩コーナーで購入したての惣菜を食べてエネルギー補給した。

17:05 テント設営

店を出るとすっかり日が暮れて辺りが暗くなっていた。
野宿場所のあては全くないので、そのまま県道20号線を南下してゆくことにした。

暗い中疲れた体で歩いていると、前方に開けた場所が見えた。
僅かに墓石が見えたので、そこが墓地だと分かった。
もうどこでもいい、テントを張って寝られたら。そんなことを考えながら墓の方に歩いて行った。
墓地に到着すると、周囲はすでに暗くなっていてヘッドランプの明かりを頼りに周囲をチェックした。
そこは墓地の駐車場のようなところで、民家が少し離れていた。
もうココしかない。
すぐにテントを設営して中に転がり込んだ。

食事

朝 白麦ごはん、みそ汁
昼 パン×1+2/3袋、食パン2枚
夕 アナゴ天×1個、アジフライ×1個、串かつ×1本、袋ラーメン

2016日11月2日(27日目)

行程

気仙沼市から南三陸町まで

歩行距離 25.8km 
行動時間 8時間50分(休憩時間を含む)
ねぐら  南三陸町平成の森

04:15 起床 晴れ

昨夜テント設営時から気になっていた建物は、実は公民館だった。
しばらくすると明かりが点いて、体育館でバスケットの練習が始まった。
ボールをドリブルする音が聞こえて来た。
さらに墓地側の広い部屋では卓球の練習が始まった。
カーテンを開け放ってやっていたものだから、テントの方にも明かりが届いて、暗がりに浮かび上がってしまった。
もうこうなってはどうしようもないので、ジタバタせずに寝てしまった。

今朝は夜明け前から近所の人が散歩にやって来た。
その人は何事もなく通り過ぎて行った。

06:10 出発

15分の寝坊の影響で出発が遅れる。
遅くまでバスケットの練習があったためかもしれないし、土地に傾斜があったので眠りが浅かったかもしれない。
墓地で朝を迎えたのは今回が初めて。
これまで機会がありそうで、なかなかなかった。

墓地の中には水道あり。
これが墓地の良いところだ。
昨日は暗くて気が付かなかった。

墓地を出て県道20号線に復帰すると、南に向かって歩きだす。
しばらくすると県道45号線に合流した。
日が差しても寒いのでフードを被った。
すると頭が暖かくなって、少し快適度が上がった。

自作のペットボトル風車。
畑の周りに大量に設置してあった。
鳥よけなのだろうか。
赤、緑、黄と色を変えてあって綺麗だった。

海岸沿いの道路をただ黙々と歩く。

08:25 大谷漁港

道の駅「大谷海岸」の手前の漁港で一休み。
騒々しい国道から下ってきた。
漁港の周辺は静かでゆっくりできた。

大谷漁港周辺は、防潮堤の工事が終わっているので、野宿も可能。
防潮堤から下りたところにフラットな場所がある。
しかし、もう一息で道の駅なので、この漁港で野宿することはないか。

道の駅「大谷海岸」

所在地  宮城県気仙沼市本吉町三島94-12

トイレ、水場あり。
道の駅裏手の駅周辺が良好な野宿スポット。

09:20 道の駅「大谷海岸」

大谷海岸近くの道の駅。
津波で流されてしまったので、震災後に建て替えられた。

トイレ

綺麗な水洗トイレ。24h使用可能だ。

道の駅の農林水産物の直売所。
まだ少し早いため準備中だった。
建物の前には庇があって雨の日も快適に休むことができる

直売所前の水道。
野宿者には嬉しい外水道。

道の駅裏手のJRの大谷海岸駅。
現在運休中で復旧の目処は立っていない。
すでにBRT運行に移行しているのか。
ホームの上が快適そう。
ここなら人目を気にせずにゆっくりすることができる。

工事中の大谷海岸付近。
よく見ると防潮堤の工事ではなく、遊歩道が建設されているようだ。

綺麗な紫色の花。

今日は、朝から歩道が途切れることなく続いていて、車を気にすることなく快適に歩いている。結局一日中歩道を歩くことができた。これは非常に助かった。

津谷川に新たに建設中の橋。
仮設の橋を通って津谷川を渡った。

JRの橋は落ちたまま放置されている。
もう復旧する気はないらしい。

道路沿いの空き地で休憩しているところ。
天気が良いので、ソーラーパネルをセットして充電する。

大きなおにぎり。
読者から頂いたもの。
おにぎりをモリモリと食べたため、この日は燃料切れを起こすことなく予定していた野宿場所まで歩くことができた。

14:40 南三陸町平成の森

今日は快調に歩いて目的地までやって来た。
公園内には仮設住宅が建設されて被災者が避難していた。
なんと町役場の支所や消防署まであった。
まだ多くの人が避難されているようすだった。

キャンプ場は工事中で使用不能だった。
災害対応とするため整備しているらしい。
事前に知ることが出来なかったので、ここを目標に歩いてきてしまった。
今更先に進む気にもなれない。

そこで公園内をうろつき野宿場所を探した。
人目に付きにくく邪魔にならないところ。
遊歩道があったので、奥に歩いてゆくと手入れされていない感じで荒れている。
期待を胸にどんどん奥に進んでいった。

15:20 テント設営

遊歩道はついに藪に閉ざされてしまった。
人が歩かないので、荒れ果ててしまったようだ。
ここなら大丈夫。
無理矢理遊歩道上にテントを設営した。

平成の森の管理棟は役場の支所の機能を兼ねている。
町役場の職員らしき人が居た。
ここの建物では普通の風呂だが、日帰り入浴できる。
値段も手頃で嬉しい。

平成の森 入浴料 300円

久しぶりにお風呂に入って汗を流すことができてさっぱりした。

管理棟の玄関にあった楽天と日本ハムの選手のサイン。

管理棟前のトイレ

手洗い場で水汲み可能。
風呂から帰る時、トイレに寄って水を汲み、何食わぬ顔をして山の中に入って行った。
まさか公園の片隅で野宿しているとは思うまい。

手すりに干して洗濯物を乾かす。
まだ早い時間だが、草木が生い茂っているところだったので、全然人目を気にせずにゆっくりすることができた。
今日一日は稀に見るラッキーデーだったかもしれない。
全区間歩道はあったし、読者からたくさんの食べ物を頂いたし。
これまでのイライラが嘘のように気分爽快な一日だった。

食事

朝 白麦ごはん、みそ汁
昼 おにぎり大×2個、お菓子少々、栄養ドリンク×1本、みかん×3個
夕 白麦ごはん、ツナ缶、カップラーメン

トレイルルート未開通区間となったため、自由にルートを選んで歩けるようになった。
そのためか、これまで感じていたストレスがどこかに消え去ってしまった。
分かりくいルートを地図を見ながら辿るのは、重たいザックを背負っていることもあってかなりのストレスだと分かった。
季節は秋から冬へと移り変わっている最中で、朝晩の冷え込みが厳しくなってきた。
夏装備のままなので、早くゴールしないと寒さに耐えられなくなってしまう。
そのため、できるだけ早くゴールに到達するため、最短距離で歩くことにした。
とは言え、まだまだ先は長い。

つづく

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