四国遍路その7 67番大興寺から88番大窪寺

四国野宿遍路の旅
2014年11月11日~12月25日まで(45日間)

2014年12月22日(42日目)

0200 起床 雪

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0400 出発

昨晩は誰も来ることなく、本当に静かで温かな一夜を過ごすことが出来た。テントは雪で濡れてしまったが、これだけ快適な野宿場所はそうそう見当たらない。
雪が積もると野宿の痕跡が残るので、積もらないうちに出発する。

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通りに出ると路面には薄っすらと雪が積もっている。

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大興寺へは遍路シールを辿って、シールが少ないところは勘を頼りに歩いてゆく。
昔ながらの遍路道をイメージすると間違いにくい。
途中でふと振り返ると私の足跡だけが残っていた。

第67番 小松尾山(こまつおざん)
大興寺(だいこうじ)

嵯峨天皇の勅願で弘法大師が開山したと伝わるが、寺の歴史はさらに古く奈良時代にまで遡る。
大師が堂宇を建立した後は真言、天台の修行僧たちがそろって修行した。

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山門
一番乗り出来て嬉しい。

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本堂

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大師堂

 0510 大興寺 着

道路には新聞配達のバイクの轍が付いている。
朝早くから雪道を走っている。道路には3センチほどの積雪だ。
遍路シールを辿るとバイクの轍と一緒に歩くことが多い。
峠を越えてしばらく下りてゆくと大興寺に着いた。

第68番 琴弾山(ことひきざん)
神恵院(じんねいん)

明治初期までは神宮寺として琴弾八幡宮が第68番札所であった。しかし明治政府による神仏分離令により琴弾八幡宮は琴弾神社と神恵院とに分離されることになり、神恵院は麓にある観音寺境内に移され、阿弥陀如来図も移転に伴い観音寺境内の西金堂に移された。

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神恵院、観音寺共用の山門

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神恵院本堂入り口

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本堂
鉄筋コンクリートで新築されている。

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大師堂

第69番 七宝山(しっぽうざん)
観音寺(かんのんじ)

大宝年間(701年 – 704年)に、法相宗の日証が琴弾山で修行をしていたところ、琴を弾く老人が乗る舟を海上に見た。この老人が八幡大明神であることを知った上人は、その琴と舟を祀り琴弾八幡宮と名付けた。その神宮寺として建立されたのが観音寺の前身であるという。

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本堂

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大師堂

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神恵院と観音寺は同じ境内にある。

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境内の巨木

0845 神恵院、観音寺 着

大興寺を出ると観音寺市街地に向かって歩いてゆく。次第に雪が止んできた。途中、コンビニに寄って腹ごしらえをする。最近は主食がラーメンで食べても直ぐにお腹が空く。食費が嵩むが仕方ない。

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雲辺寺方向は未だ雪雲に包まれている。

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本山寺へは川沿いの道をゆく。

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財田川の堤防道路を歩いていると晴れてきた。
上空には寒気と暖気の境目がハッキリと見える。

第70番 七宝山(しっぽうざん)
本山寺(もとやまじ)

平城天皇の勅願を受けて弘法大師が一夜で建立したと伝わる名刹。戦乱の時代、長宗我部元親の焼き討ちを逃れた本堂は国宝に指定されている。本尊は四国唯一の馬頭観音である。

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山門

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本堂

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大師堂

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広々とした境内

1030 本山寺 着

観音寺からは財田川沿いに歩いてゆく。香川県に入ったとたん遍路シールは剥がされているところが多くなった。
何者の仕業だろうか。それでも分かりやすい道順なので遍路道を辿ることが出来る。遠くから五重の塔が見えていたので歩きやすかった。

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国道11号線を歩く。旧道に逸れると遍路シールが剥がされているので道迷いの可能性があるので国道を歩いた。
電光掲示板には「雪通行止め」表示がされていた。

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ミニストップは歩き遍路にとってオアシスのような存在。
暖房のきいた店内の休憩スペースで休むことができる。
さらにスマホの充電も可能だ。

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1450 弥谷寺登り口の大師堂 着

弥谷寺近くで国道11号線から逸れる。スマホで現在位置を確認しながら最短ルートで弥谷寺に向かう。
登り口に大師堂があって良き休憩ポイントとなっている。
大師堂の隣の建物は施錠されていて中に入ることが出来ない。

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足湯
冬期はやっていないようだ。手を入れると冷たかった。

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弥谷寺と出釈迦寺の分岐にザックをデポして空荷で弥谷寺に参拝する。

第71番 剣五山(けんござん)
弥谷寺(いやだにじ)

奈良時代、弥谷山に登った行基は山頂から中国・四国地方の八国を見渡せたことから、東峰に阿弥陀如来、西峯に釈迦如来を安置して開山した。平安時代に弘法大師が訪れ、蔵王権現のお告げに基づいて剣五山弥谷寺と改めたという。

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山門

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長い石段
山門から本堂までの石段は400段近くある。

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108階段

108の3つの意味
1、煩悩を落とす。
2、一年を表す。
3、四苦八苦を落とす。

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大師堂
靴を脱いで階段を上がる。

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大師堂から本堂へはさらに階段を登る。

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見晴らしが非常にいい。

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水場

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水場から本堂へと向かう階段

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本堂手前から振り返る。
急な階段で登り降りは注意が必要。

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本堂

1510 弥谷寺着

大師堂から急坂を登ると弥谷寺の駐車場に出る。
駐車場を奥へと進み分岐に荷物をデポして奥へと進む。
俳句茶屋を抜けて山門をくぐる。
だが、本堂は遥か上だ。400段近い石段を登り詰めると本堂が現れる。

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道の駅「ふれあいパークみの」天然いやだに温泉大師の湯

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こちらは道の駅のレストランと売店

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道の駅隣の公園

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広い公園内には滑り台などの遊具がある。

1600 道の駅「ふれあいパークみの」着

参拝を終えてザックを回収すると分岐でしばらく考えた。
どうしても温泉の誘惑に勝てないので、今夜は道の駅の何処かで野宿することにして、取り敢えず温泉に入ることにした。
まずは温泉の受付に行って入浴料を聞いてみる。なんと1,500円だった。一旦引き返して悩みに悩んで疲れと足の怪我を癒すために奮発して温泉に入ることにした。

天然いやだに温泉 大師の湯

入浴   1000~2330まで
定休日  毎月第2火曜日(8月と12月は無休)
料金   大人 1,500円

その他  ボディーシャンプー、リンスインシャンプー、使い捨てカミソリ、使い捨て歯ブラシあり(無料)
     バスタオルとタオル付き(使用後返却する)

大きなザックごと温泉の更衣室に持ち込み準備をして入浴する。
料金が高いためなのか、空いているのでリラックスして入ることが出来る。備え付けのボディーシャンプーなどがあるし、カミソリと歯ブラシもサービスで置いてある。時間をかけて丁寧に体を洗い温泉に浸かる。至福のひとときだった。

温泉から上がると休憩室のリクライニングソファーで休む。ソファーには個別にテレビが付いていたので、久しぶりにテレビを見て世間の様子を知るが、大した変わりは無かったのでテレビを消して仮眠した。
入浴料はかなり高いが、サービス全般でみると満足いくレベルだ。出来るだけ早い時間に行ってのんびりと過ごしたい。

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2020 道の駅隣の公園にてテント設営

暖房のきいた館内があまりに快適だったので、つい長居をしてしまった。
気が付けば午後8時を回ってしまっている。
フロントにお願いしてあったスマホとモバイルバッテリーの充電もOKだ。
荷物をまとめて外にでる。
寒いので野宿場所選びに時間をかけてはいられない。先ほどの公園に下りてゆく。
もうここでいい。風が強いので風と人目を避けるために遊具の陰にテントを張ることにした。

本日のルート

スタート 雲辺寺麓の公民館  ゴール 道の駅「ふれあいパークみの」
歩行距離 29.1km

支出

温泉   いやだに温泉   1,500円
コンビニ 食料買い出し     355円
  〃     〃       441円

食事

朝    ラーメン
おやつ  パン2個、お菓子2袋
昼    パン2個、お菓子1袋
夕    ラーメン

2014年12月23日(43日目)

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0200 起床 晴れ 風強し

風が強かったので濡れていたテントと手洗いして干しておいた衣類は大方乾いてくれた。
昨日温泉に入ってゆっくりしたため、テントで休んだ時間は少ないが体調は良い。

0400 出発

昨晩とは違って道の駅の駐車場は静まり返っている。
夜遅くに温泉に入りに来る車が出入りしていたが、早朝は車中泊と宿泊客の車しかいない。

第72番 我拝師山(がはいしざん)
曼荼羅寺(まんだらじ)

もとは弘法大師の祖先である佐伯氏の氏寺で推古天皇の時代に建立されたという。
のちに唐から帰国した大師が大日如来を刻み母親の菩提寺とした古刹である。

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山門

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本堂

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大師堂

 0440 曼荼羅寺 着

道の駅からは遍路道を通って山を下りる。舗装道路に出ると遍路シールを見失わないように慎重に歩く。
幸い遍路シールが残されていたので迷わずに辿り着くことが出来た。

第73番 我拝師山(がはいしざん)
出釈迦寺(しゅっしゃかじ)

釈迦如来から大願成就を約束された弘法大師は、我拝師山の麓で釈迦如来像を刻み出釈迦寺を開いた。

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山門

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本堂

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大師堂

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参拝を済ませて出釈迦寺を後にする。

0510 出釈迦寺

曼荼羅寺を出ると一旦戻り三叉路を山側へ向かう。坂道を登ってゆくと出釈迦寺が見えてくる。

第74番 医王山(いおうざん)
甲山寺(こうやまじ)

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本堂

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大師堂

0620 甲山寺着

出釈迦寺を出ると曼荼羅寺まで戻り先へ進む。途中で遍路シールを見失うがなんとか遍路道に復帰する。
夜明け前で方向が分からずに無駄に歩き回っているような気がする。川沿いを歩いていると甲山寺に到着した。

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新しい国立善通寺病院

第75番 五岳山(ごがくざん)
善通寺(ぜんつうじ)

真言宗善通寺派の総本山であることから、高野山、東寺とともに弘法大師三大霊場の一つに数えられる。
広大な境内は東院と西院があり、弘法大師が誕生したのは誕生院と呼ばれる西院で、大師の奥殿だと伝わっている。

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広大な境内
夜が明けたので進むべき方向が分かりやすい。

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本堂(金堂)

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五重塔

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山門

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御影堂へと続く参道

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大師堂(御影堂)
弘法大師誕生の場所。初詣に備えて準備を進めている。

0700 善通寺 着

甲山寺前の橋を渡り先へ進む。徐々に明るくなってきた。集落を抜けると次第に町中に入ってきた。
立派な病院の横を通り商店街へと入ってゆく。
遍路シールに導かれるまま歩くと立派な寺院が立ち並ぶ善通寺に到着した。
広大な敷地で何処へ参拝に行ったらいいか分からない。案内図で確認してからまずは金堂に行く。

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赤門筋前の交差点

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真っ直ぐな道が続いている。
こんな見通しの良い歩道は初めてかもしれない。

第76番 鶏足山(けいそくざん)
金倉寺(こんぞうじ)

弘法大師の祖父和気道善が開山し、当時は道善寺と号していた。大師の甥に当たる智証大師が堂宇を整え本尊を刻んだという。金倉寺と号するのはのちの醍醐天皇の勅命による。

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山門

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本堂

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大師堂

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広々とした境内
本堂の隣には大きな休憩所がある。

0825 金倉寺 着

善通寺を出て真っ直ぐな道を歩く。途中で左に曲がりJR線路の下をくぐる。
町の中に残る切れ切れの遍路道を歩いていると金倉寺に着いた。
本堂の隣にはしっかりとした作りの広い休憩所がある。
中を覗いてみると腰を下ろして休むことが出来るように椅子とテーブルが用意されている。
電気のコンセントがあったので、参拝の間、スマートホンを充電させてもらう。

第77番 桑多山(そうたざん)
道隆寺(どうりゅうじ)

和気道善の弟、道隆が開山した。和気道隆は大師の大叔父にあたる。のちに大師が巡錫し薬師如来を刻んで本尊としたという。

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山門

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本堂

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大師堂

1020 道隆寺 着

田んぼが残る住宅街を抜けて道隆寺にやって来た。
境内で北海道からやって来たという逆打ちの遍路の人と会う。
話が弾んで楽しいひと時を過ごすことが出来た。
しかしあまりゆっくりしてはいられない。後ろ髪引かれる思い(頭はスキンヘッド)で話を切り上げると先を急ぐことにした。

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丸亀市街地をゆく。

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1235 丸亀城前通過

県道33号線を歩いていると高い石垣の上に建つお城が見える。
丸亀城に寄って行きたかったが、体力消耗を抑えてスルーする。

第78番 仏光山(ぶっこうざん)
郷照寺(ごうしょうじ)

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山門
修行僧の団体さんがやって来た。
坊さんラッシュ!!

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本堂

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大師堂

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境内から見る宇多津の町

1325 郷照寺 着

道隆寺で思わぬ長話をしてしまったので、寄り道せずに県道33号線を歩く。
ほとんど車と同じ道をゆくことになった。

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水路に異常繁殖するホテイアオイ
河口付近で満潮時には近くの水門を閉鎖しているそうだ。
水門の開閉に支障が出るので増えすぎた水草を処理している。

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大量の水草。
通りがかったお爺さんから話を聞く。

第79番 金華山(きんかざん)
天皇寺(てんのうじ)

弘法大師が近くに湧く八十場の霊泉に差し掛かったところ、霊気を感じたので堂宇を建てて開山したと伝えられている。
保元の乱に破れて讃岐に流された崇徳上皇が崩御した際、この寺に安置された。
隣接白峰宮は崇徳上皇を祀る社で二条天皇が建立した。天皇寺はその神宮寺であった。

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鳥居

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白峰宮

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天皇寺と記した石碑

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大師堂

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本堂

1610 天皇寺 着

坂出の町をパスすると車道の標識に従って右に曲がる。
JRの線路を越えて坂道を登ってゆくと朱塗りの鳥居の神社に到着した。
天皇寺に来たはずなのになあと思いながらウロウロしていると天皇寺と記された石碑を発見。無事にお寺に到着したことが分かった。

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これはなんと国分寺の看板。
まるでパチンコ屋の看板のようだ。一体どうしたのだろうか。

第80番 白牛山(はくぎゅうざん)
国分寺(こくぶんじ)

弘法大師が巡錫した際に破損した本堂を修復して堂宇を増築したという。
境内には今は焼失した金堂、七重塔の礎石があり、当時の壮大な伽藍を物語っている。

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山門
参拝時間を過ぎたため閉鎖されている。

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山門前で般若心経を唱える。

1810 国分寺 着

天皇寺を出ると途中から県道33号線から橋を渡って国道11号線に出る。
今日は遅い時間になってもペースは落ちない。国分寺手前で国道11号線を下りて住宅街の中を歩いていると国分寺に到着した。
山門前にやって来て閉じられた門を見ると愕然とした。
参拝時間は午前7時から午後5時まで(納経時間と同じ)となっていて、それ以外の時間は境内に入ることが出来ない。
これまで夜間に参拝してきたお寺もあったが、中に入れないところは無かった。
明日の7時を待って再びやって来るとなると大変なタイムロスだ。年内結願は達成できそうだが、一刻も早く帰って実家で過ごしたい。そう思ったので、山門前で般若心経を唱えて参拝を終えることにした。

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1855 JR国分寺駅 着

国分寺の境内に入れないことによって一つ問題が生じた。
それは自炊用の水を何処かで汲まなければならないということ。
国分寺のトイレを当てにしてここまで最低限の水しか持ってこなかった。
ラーメンを主食としているので、炊事用の水は必要だ。
そこでふと思い出した。この近くに駅があったことを。

無事JR国分寺駅にたどり着いてトイレで水を汲む。
準備万端だ。これでどこでも野宿することが出来る。

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1950 石鎚休憩所の東屋でテント設営

駅を出ると四国の道を通って山に向かう。
気付かぬうちに遍路道と合流している。
国分寺の看板でこの先に休憩所があるのは知っているが、果たして野宿に適した場所であるのか気になるところ。
夜も遅くなってきたが、慌てずに登ってゆくと休憩所分岐に辿り着いた。
その枝道を登ってゆくと石鎚休憩所の東屋が見えた。
トイレと水場は見当たらないが、大きな東屋が有り難い。直ぐにテントを張って中で休む。

本日のルート

スタート 道の駅「ふれあいパークみの」公園  ゴール 石鎚休憩所
歩行距離 40.2km

支出

コンビニ    食料買い出し     337円
スーパー    食料買い出し   1,242円

食事

朝    ラーメン
おやつ  パン2個、お菓子2袋
昼    パン1個、お菓子1袋
おやつ  お菓子1袋
夕    ラーメン、食パン2枚

2014年12月24日(44日目)

0300 起床 晴れ

昨晩は遅かったので遅めの起床。トラブルが無ければ年内結願は間違いないので無理をしない。
山陰にある休憩所なので風はほとんど吹かず快適な一夜を過ごすことが出来た。

0440 出発

慌てる必要はないが、今日の行程は少し長め。野宿するためには高松市街地を越えないといけない。
少しでも時間を稼ぐために早めに準備をして出発する。

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石鎚神社トイレ

石鎚休憩所から遍路道に戻るとなんとトイレと水場があった。
昨日は手前の枝道を通って休憩所に行ったので目に入らなかった。
石鎚休憩所から歩いて3分の距離という近さ。
水は湧き水か沢水かは分からないが、煮沸すれば飲用可能となるだろう。
石鎚休憩所の少し上にも東屋とトイレ付きの休憩所があったが、私なら迷わずこの石鎚休憩所で野宿するだろう。

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0520 白峯寺と根香寺の分岐点 着

ここにザックをデポして空荷で白峯寺に行くことにした。
まだ夜明け前なので通行車両もなし。ここにザックを置いていっても大丈夫だろうと判断した。

第81番 綾松山(りょうしょうざん)
白峯寺(しろみねじ)

五色台の五つの峰のうちに白峰にある札所で弘法大師が訪れた時、宝珠を山中に埋めて開山した。
のちに智証大師が千手観音を刻んで本尊として安置した。
崩御した崇徳上皇が白峰で荼毘に付され境内には御廟所が建てられた。

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山門
なんと国分寺に続いて白峯寺も夜間閉鎖となっている。

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参拝時間は午前7時から午後5時まで

0605 白峯寺着

分岐に荷物をデポして空荷で林道を歩く。出来るだけ足のダメージを抑えるために道路脇の草地や落ち葉の上を歩いてゆく。途中で横道に逸れて山道を下ってゆくと白峯寺に到着した。山門までやって来てがっくり。国分寺に引き続き白峯寺も夜間閉鎖されている。
参拝時間は午前7時から午後5時までとなっている。7時まで寒さ耐えて待っている気はなかったので、山門前で般若心経を唱えて終了とした。

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再び山道を戻る。
右手は自衛隊の施設で立ち入りは禁止されている。

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0740 高松市入り

ザックを回収してスカイラインを歩く。途中で遍路道に入りそびれて舗装路を歩いてきた。

第82番 青峰山(あおみねざん)
根香寺(ねごろじ)

弘法大師が弘仁年間(810年 – 824年)に花蔵院を創建し、五大明王を祀ったという。その後、円珍(智証大師)が天長9年(832年)に千手観音を祀り千手院を創建し、この2院を総称して根香寺と呼ばれるようになったという。

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山門

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伝説の牛鬼

江戸時代の初め頃、この地には牛鬼がいて人や家畜に危害を加えていた。そこで弓の名手であった山田蔵人高清に退治を依頼した。高清は3本の弓で見事に牛鬼を退治した。高清は退治した牛鬼の角を切り取り、根香寺に奉納し菩提を弔ったと伝えられている。

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静かな参道

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本堂

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大師堂

0815 根香寺 着

県道180号線と県道281号線の交差点付近にある公園を通り過ぎる。
トイレの掃除中だったので寄らずに歩いてきてしまったが、東屋とトイレと広場がある公園だったので野宿には良さそうだった。
さらにオレンジパーク過ぎ、根香寺手前には綺麗な遍路小屋がある。
後で見ることにして根香寺に急いだ。

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根香寺手前の遍路小屋
新築したばかりの綺麗な小屋
宿泊可能。

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小屋の広さは6畳程度。靴を脱いで中に入る。

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そして3畳ほどのロフトあり。おまけに照明とAC電源付き。

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裏手に回ると仮設トイレが設置されていた。
トイレ横に手洗い用の蛇口が設置されているが、雨水か水道かは不明。
小屋で泊まる場合は、近くに根香寺のトイレで水を汲むことも出来る。

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0910 オレンジパーク分岐 

根香寺から一旦戻ってオレンジパークの分岐から鬼無方面へ下山する。
しっかりした道路標識があるので見落とすことはない。

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高松市街地方面を望む

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舗装路を下って三叉路までやって来た。
左右どちらにも遍路シールが張ってあるので迷ってしまった。
一旦引き返したが、盆栽通りのほうへ進むことにした。

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1050 飯田遍路休憩所 着

急な坂道を下りてゆく。足に負担をかけないように歩いていたが、少々しんどくなってきた。
段差とは違い傾斜は非常に疲れる。麓の集落にやって来ると盆栽が目立つようになる。
家の庭にたくさんの盆栽が置かれている。
畑にも同じような木が整然と植えられている。町全体が盆栽の塊だ。
盆栽の町を抜けると遍路休憩所に着いた。

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少し早いが昼食をとることにした。
いつものラーメンを石のベンチの上で作る。
ラーメンを作ると寒いので休憩所の中で食べる。
休憩所内は日当たりの良い南側に面しているので温かい。
コンセントがあったのでスマホを充電させてもらう。
中には洗面台とトイレがあるので、安心してゆっくりと休憩することが出来る。

飯田遍路休憩所情報

日中のみ開放(詳細は失念。日曜日は休みだったか。)
トイレ、洗面所あり
ソファー、椅子、テーブル、ウォーターサーバーあり。

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香東川に架かる沈下橋が流され通行不能となっている。
遍路道を逸れて河川敷の道を歩くことになった。

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香東川公園事務所付近

河川敷のサイクリングロード歩いていると公園事務所前までやって来た。
事務所の建物には公衆トイレがある。付近一帯は広大な河川公園となっているので、テントは張り放題だ。
ただし東屋はなし。雨を避けるには橋の下しかない。

第83番 神毫山(しんごうざん)
一宮寺(いちのみやじ)

義淵により大宝年間(701年 – 704年)に大宝院として創建され、後に行基が一宮寺と改めたという。その後大同年間(806年 – 810年)に空海(弘法大師)が伽藍を整備し聖観世音菩薩像を刻んで本尊として安置したと伝えられる。

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山門

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大師堂

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本堂

1350 一宮寺 着

そのまま河川敷を歩いて県道12号線に出ると円座橋を渡る。
あとは道路の標識を頼りに一宮寺に辿り着いた。

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一宮寺から屋島寺までの遍路道を辿ろうとすると困難を極めた。
市街地をジグザグに歩いてゆかなければならない。それなのに遍路シールが剥がされて道標が少ない。
だから大通りをゆくしかない。途中で川沿いにサイクリングロードを見つけたので これをゆく。
何度もスマホで現在地を確認しながら市街地を抜けてゆく。

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国道11号線から屋島が見える。

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ナイトウォークに突入する。
疲れてはいるが町中に野宿場所はない。屋島に向かって歩くしかない。

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屋島寺の登り口を見つけて登ってゆく。
なんと上り勾配が21%の上り坂。

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道を登ってゆくと遊歩道になった。
石畳の道を登ってゆく。屋島寺まであと僅か。

第84番 南面山(なんめんざん)
屋島寺(やしまじ)

唐から招いた鑑真和上が屋島の北嶺に堂を建てたのが開基である。
その後弘法大師が南嶺に伽藍を建てた。
朱塗りの重厚な本堂は鎌倉時代の建築で、江戸時代に数度改修されたが、昭和32年から2年の歳月をかけて創建当時の姿に復元された。

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山門

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本堂

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大師堂

1855 屋島寺 着

真っ暗な遊歩道の坂道を登って傾斜が緩くなってくると屋島寺まであと僅か。
山門をくぐって広場に出る。
明かりの点いたトイレがあったので、入り口にザックを下ろして空荷で参拝する。
境内は真っ暗でよく分からないが、本堂と大師堂を探して般若心経を唱える。

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1940 屋島山頂付近の東屋にてテント設営

トイレに戻ると水筒に水を汲む。屋島の上にはトイレはあるだろうという読みは当たった。
立て看板の地図を見ると屋島山頂方向に行くと東屋があるので行ってみることにした。
山上の暗い道を15分ほど歩いたであろうか。右手に東屋が見えてきた。
東屋に下りてゆくと眼下には高松市街の夜景が広がっている。
多少風は強いが、大きな東屋で快適過ぎるほどの野宿場所だった。

本日のルート

スタート 石鎚休憩所  ゴール 屋島山頂
歩行距離 39.9km

支出

コンビニ   食料買い出し  338円
スーパー     食料買い出し  845円

食事

朝    カレーラーメン
おやつ  お菓子2袋
昼    ラーメン
おやつ  パン1袋、お菓子1袋
夕    ラーメン

2014年12月25日(45日目最終日)

0200 起床 晴れ

0400 出発

誰も来ない辺鄙な山の上で静かな一夜を過ごすことが出来た。
少し眠たいが今日中には結願したい。いつものようにテントを撤収して出発する。

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屋島の下りは急な下り坂。
足元が悪いので慎重に下山する。

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屋島ドライブウェイを横断する。
夜間は閉鎖されるのでまだ登ってくる車はない。

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ケーブルカーの駅の横を通る。
暗闇を自販機の明かりが照らしている。

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急な坂道を登ってゆく。外灯があるので歩きやすい。

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八栗寺手前の展望台からの景色
向こう側には先ほど下りてきた屋島の影が見える。

第85番 五剣山(ごけんざん)
八栗寺(やくりじ)

5つの峰の連なりがまるで剣の刃を立てたように見えるので五剣山という名がついた。
唐へ留学する前の弘法大師がこの山に登り、八つの焼き栗を山中に埋めたという。
唐から帰国し再び登ってみると、はたして焼き栗は芽を出し栗の木に成長していた。
そこで八栗寺を開基したというのが縁起である。

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山門

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本堂

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大師堂

0610 八栗寺着

屋島の下りは急な下り坂で慎重さを要求された。屋島を下ると今度は八栗寺に向かって五剣山を登ってゆく。
ケーブルカーの駅の横を通りさらに急な坂道を登ってゆく。
すると上の方から六時を知らせる鐘の音がする。あと僅かだ。
登り切ると展望台の横に出る。高松方面の夜景に浮かぶ屋島の姿も見える。

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八栗寺からの下りはケーブルカーとは反対側の道を下りてゆく。
くねくねと曲がる急な道路となっている。
屋島の下りといい、八栗寺の下りといい歩き遍路の足を痛めつける道だ。

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山を下りると国道11号線に出てそのまま志度寺の方に歩いてゆく。
志度寺手前で琴電の線路を渡り住宅街の道をゆく。
はるか向こうにはお寺が見える。

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志度寺前までやって来た。

第86番 補陀落山(ふだらくさん)
志度寺(しどじ)

7世紀前半、推古天皇の時代の創建という四国札所のなかでも屈指の古刹。
志度寺に伝わる縁起絵図によると、ある尼僧が海岸に流れ着いた霊木で本尊を刻み堂を建てたのを開基とするとある。

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山門

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本堂

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大師堂

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境内に住み着いてる猫
ベンチで休んでいると向こうから寄ってきた。

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とても人懐っこい猫
福を招く招き猫だったのか。

0840 志度寺着

どうして寺には猫が多いのだろうか。参拝を終えて本堂横のベンチで休んでいると猫が寄ってきた。
あいにく猫が食べそうなものは持っていない。猫のご機嫌をとろうと撫でてやると気持ちよさそうに転げまわる。
もう既に心を許している。とても人懐っこい猫だった。
10分位遊んでいると飽きてしまったのか、急に横を向いて何処かに歩いていってしまう。
私もいつまでも遊んでいるわけにはいかないので、これを機に次の87番へ向かうことにした。

第87番 補陀落山(ふだらくさん)
長尾寺(ながおじ)

天平11年(739年)、行基が当地で霊感を得て聖観音菩薩像を刻み、堂宇に安置したのが始まりとされる。
弘法大師が渡唐前、当地に滞在し、年頭7日目の夜に護摩符を丘の上より人々に投げ与えたとの伝説があり、これは毎年1月7日の「福奪い」として今に伝わっている。

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山門

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山門から本堂を見る。

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本堂

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大師堂

1140 長尾寺 着

志度寺で猫と遊んでリラックスすると県道3号線を南下する。
ハリウッドを連想させるオレンジタウンの看板を眺めながら緩やかな傾斜の道を歩いてゆく。
お寺の手前でお気に入りのスーパーマルナカに寄って今晩の食料の調達と昼食タイムをとる。

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寺を出て南に向かってまっすぐ旧道を歩いていると県道3号線に復帰する。
県道3号線は田舎道だが道の駅「ながお」までは歩道があるので車を気にせずリラックして歩くことが出来る。
最後の大窪寺を目指して黙々と歩くのみ。

1320 道の駅「ながお」着

前山ダムの横を通って坂道を登ってゆくと道の駅に着く。
途中、ダムを渡って女体山越えの遍路道もあったが、明るいうちの結願を目指して車道を行くことに決めた。
遍路終盤の無理が足腰にダメージを与えている。道の駅のベンチに座って足を十分休ませると先に進む。

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駐在所前の交差点を左折し国道377号線を歩く。
途中、白色の犬がやって来てしばらく道案内をしてくれる。
いきなり現れた時は警戒してしまったが、嬉しそうに尻尾を振って先導する姿を見るとお接待を受けている感覚にとらわれた。
もう大窪寺は目前だ。

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大窪トンネル手前で大窪寺の標識発見!

このトンネル手前で奇跡が起きる。なんとブログの読者が私を高松まで送ろうと待っていてくれたのだ。
読者の話を聞いて思わずガッツポーズをしてしまう。
今日中の結願はいいが、家まで帰らないといけない。
それには長尾まで歩いて戻って琴電で高松に出る。今日のねぐらは大窪寺辺りで寒い一夜を過ごすことになるだろうなあと考えていたところだった。
眠気に耐えてブログを更新し続けた甲斐があった。

第88番 医王山(いおうざん)
大窪寺(おおくぼじ)

行基が開基し、その後弘法大師が巡錫した。
大師は奥の院の洞窟で菩薩の真言を100万回唱えるという求聞持法の秘法を修行し、さらに薬師如来を刻んでこれを本尊として堂宇を建てたという。
この時、唐の高僧恵果阿闍梨から授かった錫杖も収めた。
寺は山の窪地に建てられたので、大窪寺という寺号になったと伝えられている。
早くから女人の入山を許したので女人高野として栄100以上の僧坊があったという。

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大きな山門が見えてきた。

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大窪寺山門

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なんと立派な山門だろうか。

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本堂

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夥しい数の金剛杖が奉納されている。

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大師堂

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結願して大窪寺を後にするところ。

1630 大窪寺 着 結願

トンネル手前の標識からは大窪寺までは僅かの距離。
読者の気が変わらないうちに参拝を済ませないといけない。
駐車場に着くと向こう側に大きな山門が見えた。
感無量である。足の痛みに耐えて歩いた毎日が思い出される。その修行のような日々から開放される。
帰りは車で高松まで送ってもらえる。あとは実家に戻るだけだ。

最後の大窪寺の参拝を丁寧に済ませる。余ってしまった納札は全て箱に入れてゆく。
全てが終わった瞬間だった。

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親鳥のからあげ

高松に行く途中で屋島のあたりにあるお店でご馳走になった。
骨付きからあげの専門店。大きなもも肉をからりと揚げている。
思わずむしゃぶりついて黙々と食べてしまう。

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若鶏のからあげ

柔らかジューシーな鶏肉だった。ふと写真の撮り忘れに気がつく。

車とお店の中で読者といろいろ話した。読者と私の生活について、サラリーマンを辞めたことなど。
こんなに便利な世の中になったというのに、人の悩みは増える一方。

自分のために楽しい毎日を送りたい。

ただこれだけの望みなのに、社会制度やしがらみが人の生き方を歪めてゆく。
本当に現在の日本は、良い国なのだろうか。

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1930過ぎ JR高松駅 着

食事を終えると読者に高松駅まで送って頂く。
高松からはジャンボフェリーに乗って神戸まで行き、神戸から高速バスに乗って
名古屋に帰る、そんな計画だ。
高松駅近くのサウナやスーパー銭湯に入って体を綺麗にしようと思ったが、歩いて行ける距離にはない。
仕方ないので駅の待合室で時間を潰すことにした。

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駅ビル2Fの暖房のきいた休憩スペースでブログの更新を行う。

ジャンボフェリーの乗り場は駅から少し離れているので、駅前のバスターミナルから無料の送迎バスが出ている。
送迎バスの出発時間は午前0時。それまではここで待つことにする。

しかし夜の10時になると閉鎖するということで、1Fの寒い待合所に行く。
寒いがあと僅かだ。荷物の整理をして準備は万端。あとはバスを待つだけだ。

本日のルート

スタート 屋島山頂  ゴール 大窪寺
歩行距離 35.2km

支出

スーパー 食料買い出し   612円

食事  

朝    ラーメン、パン2枚
おやつ  パン1枚、お菓子1袋
昼    パン2個、お菓子1袋
夕    からあげ(読者のご馳走)

なお、遍路の帰路の様子はブログ記事 遍路より帰還(2014.12.27)

 を参照して頂きたい。

おわり  最後まで読んでくれてどうもありがとう。

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